29歳でプロ野球去った男が10年修業で得た力

時給850円でケーキ作りの腕を磨き上げた

男の世界で生きてきた小林にとって、女性だらけの世界で生きていくことは計り知れないストレスだったであろう。その業務の過酷さから、1日で辞めていくスタッフを1年で100人以上見てきた。しかし、小林の心はまったく折れなかった。

「ここに入ると決めたのは誰? むしろ、初めから経験を積めるこの場がありがたかった」

生地を作る工程だけを1年半。オーブンで生地を焼く工程を2年。ムースを作る工程を約半年。その後も含めて計5年弱の間、ひたすら修業を積み重ねた。その間の時給は約850円。「ケーキが作れるようになりたい。その一心だけだった」

その後もバイトを掛け持ちしながら2年半、修業の身を貫いた。カフェのキッチンでパスタの作り方などをマスター。イタリアンレストランのキッチンでは、より本格的な料理もできるようになった。

そして11年、野球をやめてから10年が過ぎたとき、ついに自らの店を持つことを決めた。

働くということは、飲食店を経営すること

「両親も親戚も、飲食関係に従事していた。小さい頃から、働くということは飲食店を経営することだった」

両親がサラリーマンだったら、会社に勤めていたはずと語る小林。飲食関係の仕事に就くということは、もはや遺伝子レベルで組み込まれていたのかもしれない。それにしても、10年という日々は長い。この期間は小林にとってどんな意味があったのだろう。

「たとえ18歳でこの道に進もうが、やっぱり28歳までは修業していたと思う。プロ野球選手だから特別なんて、一回も思ったことはない」

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特に感情を起伏させることなく、淡々と言葉を紡いでいく。両腕の筋肉だけが、10年という月日を雄弁に物語っていた。

「チーズケーキのおいしいお店。目指したのはそれだけだった」

プロ野球選手だったという認識があまりないという小林は、元プロ野球選手ということを公表しなかった。カフェの激戦区である代官山であろうが、腕には自信があった。テレビ番組に取り上げられたことをきっかけに、チーズケーキは一時、作っても作っても品切れが続く人気メニューとなった。

そのチーズケーキを一口大、口に運ぶ。舌の上で濃厚なチーズがふわりととろけ、さわやかな酸味が鼻腔をくすぐる。10年とか、修業とか、そんな重苦しいものは、このケーキに入っていない。あるのは、「おいしいケーキを食べてもらいたい」という熱意と、職人の誇りだけである。(敬称略)

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