「ちょうどお袋が体を壊してた時期だったんで断ったんや。介護せにゃならんからね。でも結局今は大阪に来てるわけやから、あん時大阪に行ってたほうがよかったのかもわからんね。そうだったら人生違ったろうな。わしはそろそろ定年退職の年だから退職金3000万円もらえとったんや。ああ惜しかったわ。でも人生そんなもんやな。一歩間違えたら地獄行きや」
松っちゃんは口からタバコの煙を吐き出しながら寂しそうに言った。
松っちゃんは実家に残り、警察官を辞めてトラックドライバーになった。当時は菅原文太主演の映画『トラック野郎』が流行っていて、憧れたからだという。トラック運転手の給料は悪くなかった。
母親の体は芳しくなく、頻繁に人工透析を受けなければならない状態になった。家族にも負担はかかり、重たい日々が続く。
父親はもともと真面目な人だったから、人一倍思い悩んだ。
そしてある日松っちゃんは、部屋の鴨居に綱をかけて首を吊って死んでいる父親を見つけた。
「わし死んでる父親見つけた時、わし悪いんやけど父親の体を殴ったからね。『われ何しよんな!』って言いながら何回も何回も殴ったからね。そうやろ? 普通そうするやろ?」
松っちゃんの目には父親が逃げたように見えた。父親にとって母親は他人だから、見捨てて自分だけ逃げた。そう思った。
「自分の命を自分で絶ってどうすんねん。なんぼ辛いことがあっても逃げてはいかんのよ。生き続けないかんのよ。うちの親父は元陸軍軍曹やけど、最後の最後は汚い人間やったんよ」
松っちゃんは10年以上前に起きた出来事を、まるで昨日のことのように熱く語ってくれた。
父親が死んでから、松っちゃんは荒れた。酒を飲み喧嘩をした。相手に怪我をさせて傷害罪で逮捕された。そして3カ月刑務所に入った。前科者になってしまった。
自分を捨てた姉たちだけど、今でもやっぱり会いたい
「わし姉さんたちに捨てられたんやわ。『もうあんた家から出てってくれ』って言われて。ほんでだったら大阪に行くって言ったら1万5000円くれた。餞別やね。新幹線代で消えたけど。大阪に出てからはずっと飯場暮らしや。姉さんたちとはそれ以来一度も会うてない」
自分を捨てた姉たちだけど、今でもやっぱり会いたいという。
「そりゃ会いたいよ。悪いことしたって反省もしてる。昔の話したいやん。小学校の話や、家族の話。そんな話、他の人とは話せないやん? 寂しいよ」
松っちゃんは寂しいのだ。寂しさを紛らわすためにお酒を飲んでしまう。そもそもそのお酒が身を持ち崩した原因だとわかっていても、それでも飲んでしまうのだ。松っちゃんに、話を聞かせてくれたお礼を言って別れた。
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