松ちゃんがどんな仕事をしていたのか聞く。
「滋賀の飯場に行ってたんよ。土工よ。わしは土方しかできんからね。資材や廃材やそういうのをひたすら運ぶ仕事やったね。1日1万円。でも宿代と飯代でだいぶ引かれるわ」
飯場で稼げば宿を確保しなくていいし、食べ物にも困らないが、当然収入は減る。
松っちゃんは1カ月以上飯場に入って手に入れた6万円を盗まれた。
「土方も体を動かすのは気持ちがいいから悪くないけど、わし本当は運転手がしたいんよ。大型から二種から全部持っとるからね」
と言って胸のポケットからカードケースを取り出してこちらに見せた。カードケースは落とさないために、ゴムひもで首にしっかりとかけられている。
カードケースに入った免許証はたしかに松っちゃんの顔写真が入っている。ただし、名前は“松村”ではなかった。指摘すると照れたように笑い、
「どっちが本当の名前だと思う?」
と聞いてきた。それはもちろん免許証のほうが本当の名前だろう。でもこちらもはなから本名を名乗っているとは思っていなかった。松ちゃんでよい。
「もちろんタクシーの運転手もやれるんだよ。わしももう年やし土方よりいいような気もする。どうかな?」
先程からの話を聞いている限り、なるべくなら運転手はやめておいてほしい。酔っ払って運転して人をはねてしまったらシャレでは済まされない。警察に厄介になることになる。
「警察に厄介になるのは困るわ。わし、こう見えても元々警察官やったんよ。ずっと前の話やけどな」
と松っちゃんはつぶやいた。警察官とは意外だった。改めて、出生の話を伺った。
松っちゃんの生い立ちは
松っちゃんは島根県の津和野に生まれた。
松っちゃんの父親は公務員で生計を立てていた。松っちゃんの上には3人のお姉さんがいた。4姉弟の末っ子の長男だ。
「親父は元関東軍の陸軍軍曹やったの。すごい男前な人でね。俺みたいなブサイクとは作りが全然違うんや」
松っちゃんは父親の話をする時、なんだか誇らしげな顔になる。
父親が軍人だったと事あるごとに語った。
「当時の公務員は薄給でね。家計は大変やった。お袋は『あんたが給食費払わんでも学校は潰れん』と言って給食費は払ってくれんかった。わしはちゃんとおカネを持って学校に行きたかったから、辛かったね」
松っちゃんは一時グレて暴走族に入った。喧嘩ばかり繰り返していた時期があったという。だが更生して警察官になる。国鉄の鉄道警察隊だ。
まじめに働いていたが40歳ごろに辞める。理由は大阪に転勤しなければならなくなったからだ。
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