「左利きの矯正」を当然とする社会圧の代償

それは「自分らしく生きる」ことの否定だ

こういったいろいろな弊害は、過小評価されるべきではありません。たとえ左利きを右利きに変えることができても、その過程で植え付けられた自己否定感や人間不信をずっと引きずってしまうことになったら、あまりにも弊害が大きいと言わざるをえません。

ところで、以前は、この渡辺さんのように無理に矯正させられることがよくありましたが、最近はそういった無理な矯正は少なくなっています。その理由としては次のようなことが考えられます。

・無理に利き手を変えることには上記のような弊害があることがわかってきた
・価値観の多様化で、左利きも個性の1つとみなされるようになってきた
・無理な矯正は人権侵害だという認識が広がってきた
・スポーツで左利きの選手が活躍し、左利きのイメージがよくなった
・アインシュタイン、エジソン、ベートーベン、ピカソなど歴史上の偉人にも左利きの人がたくさんいることが知られるようになって、イメージがよくなった
・左利き用の道具が普及し、生活への支障が以前より少なくなった

でも、無理な矯正がまったくなくなったわけではありません。祖父母や親戚の人に言われて悩む若い親はけっこういます。そして、「無理な矯正はよくないけど、両手利きにするのはいいのでは?」という考え方もあります。親がそう考えることもありますし、先生、祖父母、親戚などにすすめられることもあります。でも、これは一見問題ないように見えますが、実は注意が必要です。親は「できたら両手利きに」と思っても、子ども自身がその必要性を実感することはまずありませんし、子ども自らが「是が非でも両手利きになりたい」という強いモチベーションを持つことなどありえないからです。

ですから、両手利きにさせようと思ったら、結局、毎日親が「できたら右手でもやってごらん」「ときどき右手でもやってみよう」などと言い続けなければならないのです。言われる子どもにとっては大きな苦痛です。たとえ「ときどき」でも、うまく動かない手でやるのは苦痛です。

それに、そもそも、なぜ、左利きの子だけが両手利きにならなければならないのでしょうか? 右利きの子を両手利きにさせようとする親はいないのに……。そこには、やはり、左利きのままではいけないという価値観があるのです。

それは、もって生まれたありのままの自分らしく生きてはいけないという価値観です。つまり、人々に一定の基準や枠を押しつけ、そこからはみ出してはいけないという価値観であり、多様性の否定です。髪の毛は黒の直毛でなければいけない、性は男か女のどちらかでなければいけない、多数派が正しく少数派は間違っている、こういう差別的な価値観と通底するものです。

多様性を大事にすることが必要

これからの時代、人々が幸せに生きられる社会にしていくためには多様性を大事にすることが必要です。すべての人がありのままの自分らしく生きられる社会、人と違う生き方が肯定される社会、自分の長所を最大限に活かせる社会です。右利きで生まれたらそれを最大限に活かして生きていく、左利きで生まれたらそれを最大限に活かして生きていく、それが当たり前の社会にしていく必要があるのです。

文字数が尽きましたが最後に1つ。自動販売機のおカネを入れるところは右側にありますが、真ん中にすることくらいすぐできるはずです。自動改札機のカード読み取り部や切符を入れるところも、当たり前のように右側にあり、左利きには使いにくいです。こういうところにも多数派の無神経さが表れています。なんとかならないものでしょうか?

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