「左利きの矯正」を当然とする社会圧の代償 それは「自分らしく生きる」ことの否定だ

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渡辺さんは、授業でも給食でも先生が見ていないときは左手を使おうとしました。ところが、「先生、渡辺君が左手を使ってる」と告げ口する子がいて、これもできなくなりました。休み時間のドッジボールで、左手で投げていると、「左手はダメだよ」と注意してくる子もいました。

3年生になってすぐの始業式で担任発表があり、また同じ先生に受け持たれることになりました。このときの絶望的な気持ちは忘れられないそうです。その後、右手の使い方はだんだんうまくなっていきましたが、それでも、もともと右利きの友達のようにはいきませんでした。「自分は何をやってもダメ」という気がしてきて、勉強はもとより遊びも楽しめない状態が続きました。

親は特に何も言わなかったので、家では何でも左手でやっていました。また、絵が好きで水彩画教室に通っていたのですが、そこでは左手で絵筆を持って思う存分描いて楽しんでいました。ストレス発散にもなり、渡辺さんにとってはこれが救いでした。渡辺さんは、「家や水彩画教室でも『左手はダメ』と言われていたらどうなっていたかわかりません」と言っています。

4年生になって先生が代わったら、左手のことは何も言われなくなりました。それで、鉛筆も箸も左手で持つようになりました。このときの解放感もいまだに忘れられないそうです。でも、しばらくしてあることに気づきました。それは、「鉛筆と箸は左手でも友達よりうまく使えない」ということです。

これは渡辺さんにとってショックでした。2年にわたる無理な矯正によって、利き手であるはずの左手もうまく使えなくなってしまったのです。40代になった今でも、字を書くのは苦手です。さらに気になるのが、箸の使い方がちょっとぎこちないということです。食事中に特に困るという程ではないのですが、やはり普通の大人より下手だそうです。

利き手の矯正には、いろいろな弊害がある

渡辺さんの例にもあるように、利き手を矯正することにはいろいろな弊害があります。まず1つ目として、利き手を変えようとしても簡単にはいかないので、子どもは自分の能力や努力不足のせいと思い込んでしまいます。その結果、「自分はダメな子だ」と感じて、自己否定感にとらわれるようになります。

2つ目として、子どもはしかられるのが嫌なので、「親や先生がいるところでは右手。いないところでは左手」と使い分けるようになります。それで、「自分はずるをしている。自分はずるい子だ」と感じるようになり、これがまた自己否定感につながります。

3つ目として、しかり続ける親や先生に対する不信感が生まれ、ときに「自分は嫌われているんじゃないか?」と思うようになります。渡辺さんのように友達に告げ口されたりすると、友達への不信感も出てきます。子どもの頃に、親、先生、友達への不信感を持ち続けると、他者一般が信じられない人間不信の状態につながる可能性があります。

4つ目として、たとえ右手で多くのことができるようになっても、もともと右利きの人のようにはうまくできない状態になる可能性があります。下手をすると、渡辺さんのように、利き手すらうまく使えない状態になる可能性もあります。

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