38歳、元阪神投手の公認会計士が悟った真実 高卒の元プロ野球選手、引退後の長い16年間

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自分を追い詰めてくるのは、それだけではなかった。18年ぶりにタイガースがセ・リーグを制覇するという、それまでの暗黒時代が噓のようなタイガースの快進撃に沸き返る大阪の街。引退後も大阪で生活していた僕の耳に、遠ざけようと思ってもいやでも届くその情報が一層僕を苦しめた。

タイガース優勝の立役者となったのは、同じ高卒同期入団の井川慶。20勝5敗という驚異的な成績で賞を総なめにする、文字どおり大車輪の活躍だった。球界を代表する投手に成長した同級生の華々しい活躍を祝福する一方で、延々とシイタケの石突きを切り落としたり、メロンの種を搔き出したりという地道な作業を繰り返す自分がいた。

熱烈なタイガースファンの調理場の上司は僕が元阪神の選手とは気づかぬまま、甲子園へ試合観戦に行った自慢話やタイガースについて熱く語ってくる。僕は話を合わせて相槌を打ちながら、自分の境遇と井川や元チームメイトたちの境遇とを比較して、嫉妬している自分がいることに気づいてしまう。そんな自分に苛立ち、どんどん嫌いになっていった。ほんの少し前までは同じユニフォームを着ていたのに。

「俺はいったい何をやっているんだろう」。自分だけが取り残されたような焦燥感、将来に対する不安はますます大きくなっていった。

そんなある日、仕事から帰るとテーブルに1冊の本がおいてあった。ありとあらゆる資格が掲載された資格ガイドだった。

彼女が与えてくれた気づき

10円ハゲができるほどストレスをため込み日に日に焦燥感を募らせていく僕を見かねた彼女が買ってきてくれたものだった。彼女は決して、僕に資格取得を勧めているわけではなかった。少ない選択肢の中で悩み続ける僕に、世の中にはこんなにたくさんの仕事がある。もっと視野を広げるべきだということを気づかせたかったのだ。

後に妻となる彼女のこのときの行動が、僕に新たな挑戦を決意させた。資格ガイドをパラパラと読み進めていくと、「公認会計士」という資格が目に飛び込んできた。簿記の知識を生かしてビジネスのスペシャリストとして活躍できるというその内容に、高校時代に簿記を学んでいた僕は、何か運命的なものを感じた。しかも、大学での単位などを求められず、誰でも受験できるように試験制度が改正されるタイミングだったことも、高卒の僕にとってとても魅力的だった。僕は迷わず受験を決めた。

すぐに資格予備校に申し込み学習を開始した。しかし、受験勉強は思うように進まない。経済的にアルバイトをしながら勉強せざるをえなかった。それも確かに1つの要因ではある。だが、いちばんの理由は、現役時代に長時間机に向かう習慣がまったくなく、すぐに集中力が途切れてしまい勉強から逃げ出してばかりいたことだ。

公認会計士試験の1段階目の試験である短答式試験合格には届かないが、日商簿記検定1級に合格するなど、ようやく勉強が習慣づいて成果を感じ始めたのは、学習を開始してから3~4年たった頃だろうか。この頃、縁あって通っていた資格予備校を運営する会社に入社し、東京本社で正社員として働かせてもらえることになった。

大阪で生活していれば、いやでもタイガースの情報が耳に入ってくる。東京へ移って会社勤めを始め、劇的に環境を変えることで、受験勉強に集中し、成果を出したいという思いもあった。慣れない東京の街での生活やデスクワークに当初は戸惑ったが、初めて一般事業会社の内部を知ることができたことは、受験勉強にとっても確実にプラスの効果はあったと思う。

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