38歳、元阪神投手の公認会計士が悟った真実 高卒の元プロ野球選手、引退後の長い16年間

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頭ではそれを理解していても、無意識に指先に力が入りコースを狙ってしまう。しかも、僕が投げる相手は一軍定着を狙う若手選手がほとんどである。気持ちよく打って首脳陣に調子のよさをアピールし一軍に定着してもらいたい。そう思えば思うほど、余計にコントロールが乱れてしまう。この心の葛藤は打撃投手でいるうちに解消されることはなかった。

モヤモヤを抱えながら打撃投手を務めて1年後の秋、突然球団事務所に呼び出された。そして打撃投手の契約を更新しないことを告げられる。まさかの宣告だった。正直、1年で打撃投手を解雇されるとは思っていなかったのだ。

トライアウトが野球人生の区切り

その年の11月、僕は甲子園球場で開催された12球団合同トライアウトに参加した。まだ育成枠のなかった当時、3桁の背番号で参加していたのは僕だけだったのではないか。テストとはいえ、憧れだった甲子園のマウンドで投げられる。自分の野球人生に区切りをつけるのにふさわしい舞台だと思ったのである。

対戦したのは打者3人。最後は三振で締めたと思う。とはいえ、それでどこかの球団から声がかかるほど現実は甘くない。あとになってわかったことだが、実際にこの回のトライアウトで合格者は1人もいなかった。

トライアウトが終わりいよいよ寮の退出期限が近づいてきたある日、部屋で何げなくパチン、パチンと爪を切った。その瞬間、頰を涙が伝っていった。右手の人差し指と中指の爪を、無意識のうちに爪切りで切っていた自分に気づいたのだ。

投手は爪の長さが1ミリでも変わると微妙に指先の感覚が変わり、それがコントロールに大きな影響を与える。爪の割れやすい体質である僕は、高校生の頃から、その2本の指の爪は絶対に爪切りで切らず、ヤスリで整えるようしていた。そのこだわりを忘れてしまうほどに、プロ野球選手ではなくなったことを、いつしか受け入れてしまっている自分がいたことに涙が溢れたのだった。

しかし、落ち込んでばかりはいられない。生活のためには否応なしに次の仕事を探す必要がある。タイガースを退団し無職となった僕が進んだのは、飲食業界だった。現役時代からの馴染みの店の友人と、引退後は一緒にお店をやろうと話していたからだ。引退後に飲食業に転身する先輩が多く、プロ野球選手の引退後の職業としてイメージしやすかったことも理由の1つだと思う。

やるならちゃんとやろうと、友人の経営するバーを手伝いながら、専門学校に通って調理師の免許を取得した。それでも、具体的な将来のビジョンやビジネスプランが自分の中にあったかというと、そうではなかった。

飲食業に飛び込んでみて痛感したのは、プロ野球界での生活がおカネの面で恵まれたものであったこと、自分がいかに社会経験がなく世間知らずかということだった。自分の無力さを日々痛感させられるたび、「俺はこの先どうなってしまうんだろう」という将来への不安ばかりが募っていく。1年余りでバーを辞め、ホテルの調理場に職場を変えてみても将来への不安は解消されないままだった。

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