所得税の控除はなぜこうもフェアでないのか 世代の違い、収入の違いで、生まれる税金の差

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確かに公的年金等控除は、低所得者層では、給与所得控除より手厚くなっている。ただし中所得者層では、給与所得控除のほうが少し多い。さらに高所得者層では、給与所得控除には上限があるものの、公的年金等控除には上限がない。とはいえ、公的年金等の収入だけで1000万円以上ももらっている人は、ほとんどいない。

もし、低所得者層で、公的年金等控除のほうが給与所得控除よりも手厚い(公的年金等控除が最低限120万円で給与所得控除が最低限65万円)という点に焦点を当てて所得税改革を行う、ということになると、どうだろうか。たとえば、公的年金等控除の最低限を、給与所得控除と同じ65万円に引き下げれば、それは低所得の年金受給者を狙い撃ちにした増税になってしまう。

そもそも、所得税改革が必要な1つの大きな理由は、所得再分配機能の回復だ。それは、2016年11月に取りまとめられた政府税制調査会の「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告」にも明示されている。そうみれば、公的年金等控除の最低限を、給与所得控除と同じ65万円に引き下げる形で控除を見直すということは、所得再分配機能の回復という方向に逆行することになるから、ありえない。

年金も給与もあると控除が増えてお得

では、世代間格差を助長すると問題視されている公的年金等控除の、何が問題なのか。

それは、公的年金等控除は高齢者しか受けられないのだが、給与収入も得ている高齢者は、公的年金等控除と給与所得控除をダブルで受けられることになっていることだ。年金収入も受けつつ、働いて給与収入も得ている高齢者は、高齢世代の中でも相対的に所得が多い人である。高齢でも所得の高い人の場合、控除の適用額が、若い世代の同程度の収入の者より多い。だから、世代間格差も世代内格差も助長しており、問題といえる。

実際に家計の個人単位のデータを用いて筆者が分析したところ、課税前年収が200万~300万円の個人で、給与収入のみの人が受けている給与所得控除の額は、平均して97万円。これに対し、給与収入を受けていて年金収入もある高齢者が受けている両控除の合計額は、平均して193万円。何と96万円も多い。課税前年収400万~500万円の個人の場合、給与収入のみの人が受ける給与所得控除の額は平均147万円に対し、給与も年金もある高齢者が受ける両控除の合計額は平均235万円。その差88万円も多い。さらに課税前年収800万~900万円の個人の場合、給与収入のみの人が受ける給与所得控除の額は平均205万円に対し、給与も年金もある高齢者が受ける両控除の合計額は平均305万円で、実に100万円も多くなった。控除額が多い分だけ、同じ課税前年収でも、これだけ所得税が軽くなるのだ。

同じ課税前年収なのに、所得計算上の控除の適用額が違うだけで、所得税の負担額に違いが出るというのでは、所得税制の信頼にもかかわるし、所得格差も適切に是正できない。まさに公的年金等控除が手厚いというのは、低所得者層で控除の最低限に差があるところでなく、給与所得控除と併用できる高齢者の特権を指しているといえるだろう。

所得税改革の論点はほかにもある。給与の形で収入を得ている者は給与所得控除が受けられるが、仕事内容が同じでも請負契約など「雇用的自営」と呼ばれるような形で働いている非正規労働者は、給与の形で収入を得ていないので給与所得控除が使えない、といった問題などが残されている。ただ紙幅の都合上、ほかの論点は次の機会に譲りたい。

今年の所得税改革は、少なくとも一定以上の所得のある高齢者について、公的年金等控除と給与所得控除との併用をやめる点だけでも、着実に実施していただかなければならない。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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