日本人は江戸時代にも「肉」を愛食していた 肉食を忌避していたとの通説があるが…

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そして、「桜田門外の変」が起こる。このとき直弼を襲ったのは、水戸藩の浪士だった。この歴史を動かした大事件、実は牛肉の恨み、欲しくてたまらない肉を送ってもらえないという、直弼に対する斉昭の恨み、すなわち「食い物の恨み」がそもそもの原因だったのではないか? そう考えると、表向きの理由だけではわからない、幕末の意外な風景が見えてくる。

国産豚の起源は「アメリカ豚」だった

1960年にアイオワ州から贈られた種豚(写真:筆者提供)

幕末からはるかに時代はくだり、もう1つ、日本で肉にまつわる大事件が発生する。

時は1960年、アメリカのアイオワ州から山梨県に対して、35頭の種豚が贈られた。きっかけは台風だった。その前年、犠牲者5098人を出す「伊勢湾台風」が発生。山梨県にも甚大な被害をもたらした。それに心を痛めたのが、当時、ワシントン米空軍司令部にいたリチャード・S・トーマス曹長だった。彼は伊勢湾台風の前年に山梨におり、そのときに見た日本の風景や人々の生活に感銘を受け、苦境に陥る山梨を救いたいと考えた。そこで、彼が中心になって、空前の「豚の空輸プロジェクト」が実行に移されたのだった。

これら35頭の種豚は、その後、日本の養豚業の礎となり、現在の日本の豚のほとんどが、このときアイオワから送られた35頭のうちの、なんらかの遺伝子を持つとされている。つまり、今日、私たちが食べている国産豚は、もともとはアメリカの種豚にさかのぼることができるのだ。

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「苦境に陥る山梨県を救うため」、種豚が空輸されてきた……。何とも美しい話だが、アメリカから豚がやってきた背景には、そんな表向きの理由だけではなかった。その真実を探るため日本の「食の真実」を追いかけて、アメリカや中国へと海外取材を続けた。

著書『侵略する豚』では、先に紹介した幕末の肉にまつわる「こぼれ話」をはじめとして、アメリカの食肉加工工場や、中国の養豚場の実態、そして、それらが日本の食卓に及ぼす影響を紹介している。取材活動を続ける中、ときには、中国当局からスパイの容疑をかけられて監禁されるなど、身の危険にさらされたこともあったが、世界そして日本の「食の真実」を追求し続けた。

幕末の時代から、日本にはどこか、「肉」にまつわる因縁がつきまとう。「肉」をキーワードにしながら、日本の「食の真実」を見てみると、新たな発見があるはずだ。

(構成:沢木文)

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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