「生活保護バッシング」がやまない本質的理由 「陽のあたる家」さいきまこさんに聞く

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――学校の先生たちも、子どもたちの背景にもう少し想像力をもってくれたら、と思います。前作『神様の背中』の主人公も、自分が貧困に陥るまで、苦しい状況にある子どもに気づかなかったことを後悔していましたね。

学校の先生は、ある程度文化的な基盤のある家庭に育った人が多いことが、原因の1つにあると思います。

さいきまこさんの最新刊『助け合いたい』(撮影:尾形文繁)

昔は、苦学して教員になる道がありました。大学生が少なかったので、家庭教師はいいアルバイトになった。教員になれば奨学金の返済が免除される制度もありました。でも今は、そんな制度もなく、アルバイトも低賃金です。教育実習も今は1カ月間ですが、苦学生はアルバイトを1カ月も休んだら、生活していけない。だから、教職課程はとれない。社会福祉士養成課程も、1カ月の実習があるので同様です。

教育や福祉に携わる人には、貧困問題の知識と理解が必要です。でも、それを肌身で感じている人が、なれない職業になりつつある。

だからせめて、さまざまな背景をもつ人がいるということを、できるだけ多く発信していけたらと思っています。

自分が貧しいとは誰だって思いたくない

――特に裕福でもなく、いつか生活保護を使うかもしれないのに、「自分は関係ない」と思って、生活保護をたたいている人もいるかもしれません。どうしてそうなるのでしょうか?

いま、日本の相対的貧困率は15.6%なんですけれど(厚労省「平成28年国民生活基礎調査」)、自分の生活の程度を「下」と答える人は、5%しかいません(内閣府「平成29年世論調査」/選択肢は「上/中の上/中の中/中の下・下」の5段階)。

つまり、「実際はしんどいけれど意識は中流」という人が多いんです。自分が貧しいとは、誰だって思いたくない。

以前、ある新聞記者さんが「貧困状態の人を取材しても、みんな『自分の貧困なんて大したことない』『もっと大変な人がいる、私なんか、まだ貧困じゃない』と言う」とおっしゃっていました。

理由は2つあると思います。1つは、本当にそう思っている、ということ。「しんどくても意識は中流」ということです。

もう1つは、プライド。年収1千万を超える新聞記者に「わたし、貧乏で困っているんです」なんて、言いたくないでしょう。新聞記者に限らず、誰かに「自分は貧しい」なんて話をしたがる人は、まずいないと思います。

――言いませんね。

その裏返しが、本音を言う人をたたく傾向だと思います。

昨年、NHKのニュースで報道された貧困家庭の女子高生が、「その程度は貧困じゃない!」などと、ネット上で凄まじくたたかれました。

それは多分、こういうことです。実際の自分の生活は5段階の「1」なんだけれど、せめて「2」だと思いたい。でも、「わたしは『1』です」と言う人が現れて、その人の生活が自分とあまり差がなかったら、「いやいや、それは『1』じゃない!」と言いたくなる。住む家も着るものもない、餓死寸前のレベルでなければ「1」だとは認めない、ということではないでしょうか。

――なるほど、それはすごく納得します……。(自分を「2」と思えなくなったら)辛いですからね。

後編に続く)

大塚 玲子 ノンフィクションライター

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おおつか れいこ / Reiko Otsuka

主なテーマは「いろんな形の家族」と「PTA(学校と保護者)」。著書は当連載「おとなたちには、わからない。」を元にまとめた『ルポ 定形外家族』(SB新書)のほか、『PTAでもPTAでなくてもいいんだけど、保護者と学校がこれから何をしたらいいか考えた』(教育開発研究所)『さよなら、理不尽PTA!』(辰巳出版)『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)『PTAをけっこうラクにたのしくする本』(同)など。テレビ、ラジオ出演、講演多数。HP

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