楠木:それで書いたものがデビュー作になったのですか。
磯﨑:いえ、デビュー作の『肝心の子供』は2作目です。初めて書いたものは、発表していません。初めて書いたものを保坂さんに読んでいただいたときの感想は、「面白いけど、これではデビューはできないな」というものでした。
楠木:小説家としての下積み生活のようなものは、特にはなかったということですか。
磯﨑:ありませんねえ。
楠木:磯﨑さんの小説をお読みになった方はおわかりでしょうが、最も小説的な小説というか、「純文学」すね。読者としては、純文学を多く読まれていたのですか。
磯﨑:そうですね。どちらかというと、海外の作家の作品を読んでいました。ガルシア=マルケスとかボルヘスとかカフカとか。
使い分けはしない
楠木:私が磯﨑さんに初めてお会いしたのは、勤務されている会社の仕事でのご縁でした。そのときは、すでに文学賞を受賞されていたことは知っていました。文学者風の勝手なイメージを抱いていたのですが、第一印象は、ぜんぜん純文学っぽくない。拍子抜けでした。かといって商社マンぽくもないんですね(笑)。私はすでに磯﨑さんの芥川賞受賞作品を読んでいたので、雑談になったとき、純文学系の濃厚で複雑な話になるのかな、とちょっと緊張していました。
というのは、磯﨑さんの小説は、時間や空間がガンガンに歪んでいて、筋を楽しむようなものではありません。非常に感覚的な純文学で、小説濃度が高いというか、小説という表現形式でしか味わえないような内容だからです。映画にすることも絶対にできない。どちらかというと、音楽的な感じがします。小説は文字で綴られた言語的なものですが、磯﨑さんの作品は、音楽のような非言語の抽象的な世界に近いと感じます。あのような小説が、商社でバリバリ仕事をしている人からは生まれているとは、想像がつかない。で、「それっぽい人」なのではないかと予想したのです。けれど、雑談では結局、「ツェッペリンいいよね!」とか、そんな話にしかなりませんでしたね(笑)。
磯﨑:ご覧になっているからおわかりかもしれませんが、仕事はいたってまじめにやっていますから(笑)。
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