ユノーにそそのかされたセメレは、ユピテルに「あなたの威力を見せて」と頼む。するとユピテルは雷鳴をとどろかせて力を誇示するが、セメレはその雷に打たれて死んでしまう。まんまと妻ユノーの思惑通どおりになる物語だ。
絵を見てみると、ユピテルの肩のあたりに雷光らしきものが描かれ、頭の後ろに、日本の雷神の太鼓を連想させる輪が見える。血のついた小さな天使が2人の子供だろうか。ユピテルはこの子供を育て、それが後に酒の神バッカスになる。この作品は本制作のための習作と言われている。
才能で結ばれた師弟
美術学校で多くの学生を教えたモローだったが、中でもルオーは特別にかわいがった弟子だった。早くからその資質を見抜き、「君は絵のテーマより、マティエール(絵具の質感)に興味があるようだ。それを大切にしなさい」とアドバイスした。2人は手紙の中で「愛するわが子」「偉大な父」と呼び合っている。
在学中、ルオーは新人の登竜門であるローマ賞に挑戦するが、受賞を逃す。かつてモローもこの賞に何度か挑戦したが、取れなかった。
「当時はもっと古典的で緻密な作品のほうが審査員の受けがよかった。彼らは早く生まれすぎたのでしょう」と、後藤教授は話す。
モローはルオーに、「この学校にいても、きみのマティエールの独特の感覚を潰すだけだ」と退学を勧める。その直後にモローは胃がんで亡くなった。
モローのアトリエと作品は国に寄贈され、5年後にギュスターヴ・モロー美術館が開館した。館長に就任したのはルオーだった。弟子の経済状況を心配したモローが、遺言に書き残したのだった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら