現金NGが当たり前、激変する中国「決済実情」 なぜキャッシュレス化が急速に進むのか

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日本では考えられないが、中国では偽札はかなり身近な存在だった。2015年の秋、中国で新紙幣(100元札)が発行されて話題となったが、発行直後から偽札問題も浮上した。私も友だちが真夜中のタクシーの中ですり替えられたという偽札を見せてもらったことがある。

中国で暮らしていると、いつ、どこで偽札を手にするかわからない不安や心配がつきまとう。たとえ偽札だと知らなくて使っても、もし持っていることが判明したら通報される恐れもある。だからつねに神経を尖らせるのだ。たとえば、現地の小学校で教材費を集めるとき、紙幣の下に書いてある通し番号をメモして学校に提出する。これは中国ではずっと当たり前のように行われてきたことだ。万が一、偽札が発見されたら、誰が提出した紙幣か追跡できるようにするためだ。

友人同士でハイキングに行くときも集金をするが、幹事が偽札識別ライトを持参して1枚1枚チェックしていた。十数元程度のおもちゃのようなライトだが、光を当てると偽札かどうかわかるのだそうだ。噓みたいなホントの話だが、スマホ決済が普及する以前、中国人は偽札チェックを怠れない不安な生活を送っていた。

しかし、スマホ決済が急速に普及したことによって、明らかに偽札の出番は少なくなったし、そもそも紙幣を持つ必要性がなくなり、インフラが不十分などの問題も一挙に自然解消へと向かっている。また、副産物的なよい効果として、賄賂も渡しにくくなっている。紙幣を誰かに手渡すのであれば“足跡”が残らないが、スマホからの送金は必ず“足跡”が残る。個人間の送金も含め、すべての取引が記録に残り、明白になるからだ。

それに、スマホ決済がこんなに発展するまでは、連休前には空港やターミナル駅、観光地での券売所などはどこに行っても人、人、人でごった返し、つねに「爆列」「爆混み」。身動きが取れないのが中国では「普通」だった。横入りなどもあるし、体臭や人混みでクラクラした。だが、スマホで事前購入できたり、遅延の連絡が事前にきたりするようになって、混雑は少し緩和された。

誰でも平等に使えるスマホが受け入れられ、普及した

『なぜ中国人は財布を持たないのか (日経プレミアシリーズ)』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

このように、不便すぎる生活がスマホによるIT革命によって一挙に改善された。中国は広大なので、最低限のインフラを全国の主要都市に配置するだけでも莫大な費用がかかる。だが、だからこそ、使いこなせれば誰でも平等に使えるスマホが社会のインフラとなり、スマホから簡単に決済できるアプリがここまで人々に受け入れられ、普及したのだろう。日本とは根本的に生活環境が異なっている、というのは、こういうことだったのだ(ちなみに、中国のスマホ決済は、NFCと呼ばれるJR東日本の「Suica」のようなかざすタイプではなく、QRコードでスキャンするタイプが圧倒的に多い)。

先日、東京で4年ほど暮らしている中国人からこんなエピソードを聞いた。たまにしか中国に帰省しない彼は、故郷に住む弟の誕生日に「日本のいい財布を買って送ってあげようか」とウィーチャットからメッセージを送った。喜ぶかと思いきや、弟は「お兄さん、……悪いんだけど、中国人はもう財布なんか使わないよ」と言われて笑ってしまったそうだ。

もしかしたら、現代ではスマホが中国特有の“現金のリスク”を解消してくれる、かつてないツールであり、リスクヘッジ・ツールの1つなのかもしれない。そのことを中国人は潜在的に察知し、スマホがここまで進化したのではないだろうか。

中島 恵 ジャーナリスト

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なかじま けい / Kei Nakajima

山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経て、フリ―に。著書に『なぜ中国人は財布を持たないのか』『中国人エリートは日本人をこう見る』『中国人の誤解 日本人の誤解』(すべて日本経済新聞出版社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』『中国人エリートは日本をめざす』(ともに中央公論新社)、『「爆買い後」、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社)などがある。

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