ノーベル化学賞「最有力女性科学者」の偉業 クリスパーを開発した科学者の手記を読む

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CRISPRはあらゆる側面に革命を起こしつつある
高校生でも、キットを使えば、数時間で遺伝子の編集ができる。2012年に『サイエンス』誌に発表されたその技術CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)は、遺伝病の治療、家畜、農作物の品種改良からマンモスといった絶滅動物の復活プロジェクトまで、医学・科学のあらゆる側面に革命を起こしつつある。
一方で、テロリストの手に渡れば「第6の大量破壊兵器になる」(2015年の米国議会報告)という二面性も持つこの技術。開発したジェニファー・ダウドナ博士の手記『CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見』が、ノーベル化学賞が発表される10月4日、日本でも出版される。米国で1年間、CRISPR-Cas9を使った合成生物学の取材・研究を終えた大宅賞作家・毎日新聞科学環境部の須田桃子が、この女性科学者の手記のもつ意味を解説する。

米SF映画『ガタカ』で描かれている未来   

1997年の米SF映画『ガタカ』は、ヒトの遺伝子操作が当たり前になった近未来を舞台に、人間の自由意思の強さを描く美しい映画だ。序盤にこんなシーンがある。

自然妊娠によって生まれた主人公は、生後すぐに、30代前半で心臓病によって死ぬ運命にあると宣告される。両親は次の子を「普通のやり方」で得ようと決める。体外受精ののち、確実に健康に育つ受精卵を選別して子宮に戻す方法だ。主な遺伝病の可能性がなく、目や髪の色もあらかじめ指定したとおりのいくつかの受精卵が候補になる。遺伝学者は、両親に性別を選ばせると、さりげなく付け加える。

「勝手ながら、早期脱毛、近視、アルコール中毒、中毒に対する脆弱性、暴力や肥満の傾向など、潜在的に有害な条件も取り除きました」

遺伝子操作で生まれながらに優れた知力・体力が約束された「適正者」とそうでない者が区別され、「不適正者」には職業を選ぶ権利すらない――。『ガタカ』の世界は、公開当時はまさしくフィクションだったが、20年後の今、そうとも言い切れなくなっている。

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