凱旋門賞制覇へ!理と情熱のホースマン 新世代リーダー 池江 泰寿 JRA調教師
「一人では何もできない」と悟った
だが、晴れて調教師になったが、道は決して平たんではなかった。特に最初の1年は試行錯誤の連続だった。
泰寿は、調教助手時代に、泰郎氏のもとでステイゴールド(前出のオルフェーヴルの父)など、数多くの名馬を担当した。当時は、「自分なら強い馬に育てられるという過信があった」と語る。しかし、実際に調教師になってみると、その自信は見事なまでに打ち砕かれた。
助手時代は、一度に数頭ほどの競走馬の責任者として結果を出せば合格だった。だが、調教師になると、一度に10数頭から20頭以上の競走馬を管理しなければならない。
「一人では、何もできない」。
現場で、直接馬と接する厩舎のスタッフたちに、自らの意志で動いてもらい、実際のレースで結果を出すためには、どうすればよいか。厩舎を率いる立場として、悩みに悩んだ。「松下幸之助さんをはじめ、経営や組織の本もたくさん読みましたよ」と、泰寿は当時を振り返る。
試行錯誤の末出した答えは、スタッフ一人一人と向きあうことだった。池江泰寿厩舎には現在17人のスタッフ、28頭の管理馬がいるが、必ず担当厩務員に泰寿自らが積極的に声をかけ、スタッフから話を聞き、意見を引き出すようにしている。
「スタッフを集めて行うミーティングもやってみた。だがミーティングはあまり効率的ではない。ミーティングでは発言する人もいれば、しない人も出てきてしまうから。それだと馬の調子など、重要な情報を把握できない」。
厩舎スタッフが、担当馬の世話をしているとき等に、足を運び、気軽に声をかけ、馬の状況を聞く。そこで何を話すのか。実は、泰寿は「育成やトレーニングなどの方向性は示すが、自分から全ての解は提示しない」と言い切る。スタッフ一人一人と密にコミュニケーションをとりながら、彼ら自身に考えてもらい、今後の方針について、いろいろなアイディアを聞く。それをくみ取って、地道に実践していく。それが「最強の競走馬」「最強の厩舎」を育成する土台になる、と信じているからだ。
最近、競馬界では、現役のベテラン騎手が、「日本人騎手育成のためにも、外国人騎手の騎乗機会などについて制限をすべきだ」などの意見をまとめ出版。競馬の主催者であるJRA(日本中央競馬会)批判としても話題にもなった。
たが、泰寿は「騎手は個人事業主の部分があるので、そうした立場からの発言になるのは理解できる。ただ競馬は、全体として、大きなルールのなかで運営されている。外国人騎手を騎乗させすぎなのではないか、との批判があるのは承知しているが、馬主から見れば自分の馬を勝たせたいし、調教師から見れば、馬主はクライアント(顧客)にあたる」と、こうした批判には一線を画す。