凱旋門賞制覇へ!理と情熱のホースマン 新世代リーダー 池江 泰寿 JRA調教師

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改善はそれだけにとどまらない。夏場で馬の体力の消耗が激しい時期は、2本追いを1本追いに減らす、牝馬(メス馬)であれば、牡馬(オス馬)よりもトレーニングを減らして調整するといった具合だ。競走馬の血液を採取し、疲労の度合いを測ったり、トレーニングにハートレートモニター(心拍計)を利用して、どの程度の負荷をかけるべきかを話し合ったり、と人間のアスリートも顔負けの科学的なトレーニングを常時施す。上がってきたデータを検証しながら、経験に裏打ちされた直感をかけあわせ、さまざまな決断をしていく。

いまや泰寿は、2011年のオルフェーヴルの4冠(3歳クラシックの3冠制覇+有馬記念優勝)を筆頭に、毎年輝かしい戦績を収めるトップ調教師の一人になった。それは、こうした日々の小さな努力の積み重ねによる。

「尊敬する父への恩返し」めざし、再度凱旋門賞へ

栄冠とは、数々の敗戦や屈辱を経験し、そこから這い上がった者だけが手にするもの――。世界一を目指す泰郎・泰寿親子を見ていると、ふとそんな言葉が浮かぶ。

競馬ファンであれば、誰もが忘れることのできない、2006年の凱旋門賞。父・泰郎が日本史上最強のディープインパクトで挑戦したレースだ。当時調教師としての定年(70歳)が迫っていた父にとっては、最初で最後の凱旋門賞だった。当時、日本馬は過去1回、このレースで2着になったことはあった。だが、このときは戦う前から「今年は日本の馬がついに世界一になる」と評判になっていた。

レース前は堂々の1番人気。父も泰寿も、「まず、勝てるだろう」と臨んだレースだった。だが、結果はまさかの3着だった。泰寿は、父を手伝いつつ、自らも敗北を目の当たりにした。「日本最強と言われるこの馬でも勝てないのか…、と挫折感を感じた」。定年間近のため、もう夢の凱旋門賞に挑戦することは叶わない父。競馬場を去る父のさびしそうな背中を見て「自分が必ずリベンジしたい」。その想いを胸に強く抱いた。

「父の敗戦」から6年。昨年、泰寿に大きなチャンスが巡ってきた。自らが中心となって育成したオルフェーヴルが国内の大レースを次々と制覇。同馬は、押しも押されぬ日本最強馬となり、ついに2012年、凱旋門賞に挑戦した。

「今度こそ!」という日本中の夢をのせて、泰寿の凱旋門賞はスタートした。レースは順調に進んだ。オルフェーヴルは、名手スミヨン騎手の合図にこたえ、最後の直線で勢いよく先頭に立ち、後続との差を広げる。泰寿を含め、誰もが「勝った!」と思った瞬間、最後の最後でオルフェーヴルは斜行、スピードが落ちた。そこを盛り返してきたフランスのソレミア(牝馬)の急襲にあい、ゴール直前でかわされた。結果は2着。2400メートルのレースで、わずか数十センチ(クビ差)の惜敗だった。

泰寿はレース直後のインタビューで、「日本の皆さん、申し訳ございませんでした」と謝罪から始めた。「日本の競走馬が世界のトップレベルにあることは事実だが、自分の調教技術が世界レベルになかった。明日から出直して、何とかこのレースに勝つために、また戻ってきたい」と続けた。何とも泰寿らしい、謙虚な言葉だった。

「このときは、味わったことのない屈辱だった。悔しくて、悔しくて泣きましたよ」と今でも、昨日のことのように、泰寿は語る。

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