「医療費増大という悪夢が社会主義の復活を招く?」ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ

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世界各国で急速に膨れ上がる医療費の問題は、資本主義に対して大きな課題を突き付けることになるのだろうか。私は、そう遠くない将来、資本主義に対する道徳的、社会的、政治的な支持が厳しい試練にさらされると思っている。なぜなら、際限なく増大する医療費を前にして、現在のような“平等な医療制度”を維持することが難しくなるからだ。

 アメリカでは、所得の増加、人口の高齢化、新医療技術の導入に伴う寿命の延長によって、医療費は過去数十年、所得の伸びを3・5%上回る増加を示してきた。一部のエコノミストは、「現在、GDPの16%を占めている医療費は、2030年までに30%に増え、21世紀中には50%に達する」と予想している。すでにアメリカの半分程度を医療費に費やしている先進国や中進国も、遅かれ早かれアメリカと同じ道を歩むことになるだろう。

 中国の粗っぽい資本主義の台頭は、ヨーロッパなど手厚い医療制度を持つ国々にもプレッシャーを与えている。ただ、21世紀初頭にして、資本主義以外のすべてのイデオロギーが終焉を迎えてしまったとは言えない。医療制度に対する姿勢は、国によって根本的に異なっているからだ。

 実際、多くの国は、医療制度はぜいたく品ではなく、必需品だと考えている。医療費が所得のうちのわずかな額しか占めていなかった50年前であれば、誰もが平等な治療を受けられる医療制度は存続可能であった。当時の医療費は少額で、誰でも支払うことができた。

 しかし、医療費の国民所得に占める割合が3分の1に近づくにつれ、“医療社会主義”は、素朴なマルクス主義が主張していたような「必要に応じて治療を受けることができる」制度になり始めている。権威的な資本主義がはびこる中国においてさえ、医者にかかったり、病院に行くことができない地方の人々の不満が爆発すれば、医療費増加の圧力を感じるようになるだろう。

 今後、高齢者の医療費が財政支出の伸びの大半を占めるようになる可能性は高い。だが、米議会予算局などの歳出見通しを詳細に検討すると、アメリカ社会の高齢化は問題の一部でしかなく、大きな問題ではないことがわかる。本当の問題は、「社会が高齢者に対して、最新の医療技術をどれだけ平等に提供する気があるのか」という点にある。

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