「脱サラしてパン屋」になった人たちの事情 人気商売だが苦労も少なくない

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周囲の人たちに開業の夢を話すと、「ケーキ屋はいらん。近くの津山市にもケーキ屋がたくさんあるし、地元にも2軒ある。パン屋がないから開いてくれ」と言われ、パン屋開業に至った。

パンとケーキは異なる分野だが近しい分野でもある。イメージが持ちやすかったことに加え、ケーキ屋ほど設備投資がいらないことも計算にあった。幸い痛めた腰は、ヨガ講師の妹から負担をかけない姿勢を学んでおり、1人でやっていける自信はあった。

ケーキ職人の経験が生きた

岡山県勝央町にあるブーランジェリー・ミーツ」の外観(写真:筆者提供)

まず、パン技研のパン学校に入学し、寮生活に入る。理論から学んでパン作りの面白さに目覚めた頃、父親から「いい物件があったから帰ってこい」と連絡があり、今の場所で契約。わずか700万円の資金で開業に至る。厨房機器は展示会で使用された格安品を購入するなど、安いものでそろえたのだ。内装は自分でやり、外壁は外壁塗装職人の友人に塗ってもらった。

名部氏の場合は、長年、さまざまな企業で鍛えた商品開発力と、その中で培った人脈、地元の人脈に加え、ケーキ職人の経験が生きた。リサーチして地元に競合がないから、とパン屋を選んだ結果、口コミなどで順調に来店者が増えているという。

佐藤氏、名部氏どちらも、会社の事情に翻弄され、自立を余儀なくされた側面がある。地元に競合がなかったことも決め手になった。パン屋は技術が必要だからこそ、誰でもできる商売ではない。醍醐味は、経営と技術それぞれの側面の大変さと面白さを知り、創意工夫を凝らせることかもしれない。苦労の中に喜びもあるのだ。

なにしろ、パンは消費者にとって敷居の低い食べものだ。おやつであり主食にもなる。土台が決まっている中に、さまざまな具材を盛り込みオリジナリティをアピールできる。必要とされる喜びを、日々の売り上げや客の反応で確かめることができる。そんな食べものを提供するパン屋は、とても手応えのある仕事の1つなのかもしれない。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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