板橋死体遺棄事件と犯罪インフラ業の闇

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板橋死体遺棄事件と犯罪インフラ業の闇

東京都板橋区で発覚した死体遺棄事件。背後に浮かぶ詐欺グループは大量の架空会社を登記するため私設私書箱を利用していた。「犯罪インフラ」とも呼ぶべき業界事情とは。(『週刊東洋経済』9月15日号より)

 東京・高島平の幹線道路沿いに建つマンション。6月6日深夜、複数の男が不審な様子で旅行カバンを運び出していた。2カ月余りの捜査の結果、8月30日までに会社役員の篠澤大介容疑者(36)ら計6人が死体遺棄容疑などで逮捕された。仲間の遺体を群馬県の山中に埋めたという。捜査本部はさらに殺人容疑でも調べを進めている。

 現場を訪れると、遺体が搬出された部屋の郵便受けには大量の郵便物が無造作に放り込まれていた。開け放たれたままの扉からのぞくと、借り主である大久保憲義容疑者(29)宛ての郵便物に交じって「(株)今遊」と宛名書きされた携帯電話会社からの通知ハガキが見えた。登記簿によると同社の代表取締役は大久保容疑者。設立は今年5月22日で目的欄には広告代理店とある。なぜか設立翌日に社名を「京遊」へと変更していた。実体のない架空会社とみられる。

 事件の背後に浮かび上がるのは振り込め詐欺グループの存在だ。取材を進めると、容疑者が役員となっている会社が10社以上見つかった。どれも架空会社である。多重債務者とされる大久保容疑者が代表取締役となっている会社だけでも、都内に少なくとも7社が登記されている。

 4年前に司法書士の報酬が自由化され、昨年5月の会社法施行で最低資本金制度も廃止となったことで、今では25万円もあれば株式会社を設立登記できる。昨年11月から大量に設立された大久保容疑者が代表の会社はどれも資本金が1000円。規制緩和に悪乗りして次々と架空会社を設立した様が浮かび上がる。

 インターネットで検索したところ、「ハイクラスプロジェクト」や「ビクトリアセブン」といった会社は、パチンコの「サクラ打ち子」募集で使われていた形跡がある。ホールが一般客の出玉を抑える目的でひそかに「サクラ」を雇っているとの都市伝説に乗じ、それを募集すると称して登録料などをだまし取る手口だ。

 架空会社群や詐取金の送付先を調べると、行き当たるのが「私設私書箱」だ。「シークレット・バンク」などが登記されている銀座1丁目の雑居ビル2階には、今年6月まで私書箱業務を行う有限会社が入居。「トラブルが頻発したので退去してもらった」とビルを仲介する不動産会社は話す。警察庁は詐欺で多用されている要注意住所の一覧を公表しているが、同ビル2階もその一つだ。

 詐欺グループが私書箱を使うのは、足がつきにくいためだ。被害者が詐欺に気づき、会社住所を訪ねても尻尾をつかむことはできない。手の込んだ連中は、これにバイク便を併用する。私書箱からの郵便物回収にバイク便を差し向け、さらにその受け取りにはコンビニなどでの待ち合わせを指定するのである。送金に郵便局の「エクスパック」を使わせるのも常套手段だ。専用封筒をポストに投函するだけの「エクスパック」は、現金書留などと異なり、窓口に預ける必要がない。職員による不審住所のチェックが働かないのだ。

 電話受付代行業も悪用されることが多い。特に問題なのが「逆転送サービス」だ。詐欺グループは特定の居所を持たず、携帯電話だけで移動することが多いが、逆転送を使えば、かけた相手には「03」や「0120」といった番号が表示され、不信感を持たれにくい。今日、こうした匿名性の高いサービスは詐欺グループにとって欠かせない「犯罪インフラ」となっているのである。

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