ある日の夕方、日雇い労働から帰宅すると、玄関に特殊な補助錠が設置され、部屋に入ることができなくなっていた。驚いて、賃貸借契約時に大家側から契約するよう求められた家賃保証会社に電話し、すでに新しい仕事を見つけたことや、分割で家賃を支払う意思を伝えたが、対応した男は早急に8万円全額を払うよう求めるばかりで、それができない場合は家財を撤去すると告げてきた。
「なーんで払えないんですかぁ」「そんなに待てませーん」という、終始こちらを見下した物言いに対し、普段、穏やかなケイタさんは家財の撤去は違法で、弁護士に相談すると語気を強めた。すると、男は「そんなの知らない。勝手にすれば」と言って、一方的に電話を切ったという。「最初から追い出しありきの対応でした」。
こうして着の身着のままでアパートから締め出されたケイタさんは、最初、ネットカフェや24時間営業のファストフード店を利用したが、所持金が底を尽いてからは、コンビニエンスストアや公園で夜を明かした。食事は、スーパーの試食コーナーで空腹を満たし、「1日1食、食べたり、食べなかったりの状態」。季節は初夏で、汗ばむ陽気の日もあったが、替えの洋服も下着も買えない。歯磨きやヒゲ剃りは公園のトイレやデパートの障害者用個室トイレで済ませたが、次第に仕事に行くどころではなくなったという。
それでも、そのときは「家財までは持っていかれないと思っていました」と言う。ところが、郵便物を確認するためにアパートに立ち寄ったところ、窓にカーテンがないことに気がつき、確認すると、室内は空っぽ。締め出されてから荷物の撤去まで、わずか1週間あまりの出来事であった。
現代の日本で、雨露をしのぐ住まいから突然、放り出され、家財まで奪われる――。「“まさか”という驚きと、“やられた”という怒りが半々でした。このまま路上生活になるしかないのかと思うと、惨めでしたし、不安でした」。
誰もが同じ被害に遭う可能性がある
ケイタさんの経歴を見ると、工場勤務時代の長時間労働や、親の介護のために仕事を辞めた後、なかなか再就職できない「介護離職」問題、リーマンショックによる派遣切りなど、本人の能力や努力ではいかんともしがたい社会的、構造的問題に翻弄されてきた様子がうかがえる。彼自身、「巡り合わせの悪いことが重なったという思いはあります」としたうえで、追い出し被害について「それだけに、(巡り合わせ次第で)誰もが同じ目に遭う可能性があると感じました」と言う。
話は少しそれるが、ここで、ケイタさんがリーマンショック後に就いた介護労働が抱える問題について触れておく。それは、これまでさんざん指摘されてきたサービス残業や低賃金、慢性的な人手不足などではない問題。高齢者から介護職員への「虐待」である。
ケイタさんによると、身体介助などの際、主に認知症の高齢者から蹴られたり、引っかかれたり、かみつかれたり、つばを吐きかけられたりすることは日常茶飯事。「僕ら介護職員の間では、打撲やひっかき傷は珍しくありません。かみつきによる肝炎のリスクもありますが、上司に訴えても、“うちはサービス業だから”の一言で一蹴されてしまう」。認知症ではない人から理不尽に怒鳴られたり、話しかけても手で追い払われたりすることもあるという。
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