捨てられないTシャツには物語が溢れている なぜこのTシャツを捨てられないのか
連載を続けるうちに都築は、「これはもしかしたら、Tシャツという触媒から生まれた『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』かもかもしれない」と思うようになったという。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』とは、現代アメリカを代表する小説家、ポール・オースターが、全米公共ラジオ(NPR)ではじめた番組をまとめた本だ。局がオースターに自分自身の物語を語る番組を依頼したところ、当初オースターは断るつもりだったが、「リスナーに物語を送ってもらってあなたが読んだらいいのよ」という妻シリの助言で翻意し、番組を引き受けることにした。
文学とは違う、「作り話のような実話」たち
オースターが呼びかけたところ、1年間に4千通を超える投稿が全米から寄せられたという。内容やスタイルに制限はない。大切なのは事実であること。そして短いこと。オースターが求めたのは、「世界とはこういうものだという私たちの予想を覆してくれる物語」だった。その結果、たくさんの「作り話のような実話」が集まったのである。
「だれかがこの本を最初から最後まで読んで、一度も涙を流さず、一度も声を上げて笑わないという事態は、私には想像しがたい」とオースターは書く。そこにあるのは、「文学とは違う何か」「もっと生な、もっと骨に近いところにある何か」で、「個人個人の体験の最前線から送られてきた報告」である。『捨てられないTシャツ』におさめられているのも、まさにそういう物語ばかりだ。
最後に本書でもっともしびれたエピソードの冒頭だけ紹介しておこう。「◎48歳女性 ◎求職中 ◎東京都出身」のエピソードである。彼女の捨てられないTシャツは、「ア・ベイシング・エイプ」。
“東京都港区表参道で生まれ育つ。生まれてすぐ父母が離婚、母に引き取られて母子家庭の一人っ子だったが中学2年で母が再婚し、2番目のお父さんができた。
小学校のときには一時期、考古学者になりたかった。テレビ番組に國學院大學の考古学の先生がときおり出ていたのだが、当時母が付き合っていた年下恋人が國學院の卒業生で、小学校の先生をしていたので、國學院つながりで憧れていたのだと思う。その母の恋人が、実は私の初体験の相手だった。11歳、小学5年生のとき。”
このあと凡百の小説がはるかに及ばない波乱の半生が綴られる。世界は、ぼくたちが想像している以上に、物語であふれている。
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