捨てられないTシャツには物語が溢れている なぜこのTシャツを捨てられないのか

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Tシャツというのは面白いもので、びっくりするような値段のブランドものがあるかと思えば、格安のもある。デザインもアート系からネタに走ったものまでさまざまだ。本書に出てくるTシャツも、「ドーバーストリートマーケット」のもの(しかもロンドンの)から、観光地の土産物(「白川郷」とプリント)まで実に多種多様である。ふつうのファッションには、値段や素材など、誰がみても「あれはいいものだよね」と納得できる基準があるが、Tシャツの場合はそれがない。

「妙なTシャツを着ている人がいると、気になってしかたがない」という都築は、ある頃から、ありかなしか判断に迷うTシャツには、「着用する本人の確固たる意志や、根拠のない自信や、なによりも個人的な記憶が染みついていることが多々あるのに気がついた」という。

持ち主に書いてもらったほうが面白いかも!

そこからこの「捨てられないTシャツ」コレクションがスタートしたわけだが、これだけでも着眼点としてはじゅうぶんに面白いのに、都築はさらにその先を行く。文章をTシャツの持ち主に書いてもらったほうが面白いかも、と思いつくのだ。

本書におさめられたエピソードのうち、半分以上が持ち主自身によるものだという。なかにはプロの小説家もいるが(読むと誰だかわかる)、ほとんどは名もない一般人である。だから文章をワードで書いてメールに添付して送ってくる人などは少数派で、メール本文にそのまま書いてあったり、FacebookやTwitterのダイレクトメッセージにざーっと書き連ねたりする人が少なくなかったという。

それはつまり、スマホで書いているということなのだが、都築はそうやって送られてきた「シロウトのテキスト」が、「ほとんど直すところのない完璧な文章ばかりだった」ということにショックを受ける。「文章のプロではないひとたちが、スマホで打ちこんで、これだけ読みごたえのある文章を書ける時代」になっていることを発見し驚くのである。

それはおそらくこういう文章のことを指しているのだろう。

“中2で夜遊びを覚える。高校時代はバンドブームど真ん中だったため、迷わずバンギャの道へ。そしてそのまま売り子となる。わらしべ長者のように様々な繋がりが生まれ、演劇映画現代美術の裏方に。DJだったりもした。その後、とあるお偉いさんの理不尽さに啖呵を切り、裏方仕事を干される。サブカル系本屋店員・雑貨屋店員・こども電話相談室の中の人を経て、新宿御苑近くの小さなバーの2代目ママとなって、現在4年目。”

明示されてはいないが、このリズムはスマホで書いたものだと思う。それにしてもすごく面白い。この冒頭を読んだだけで、この人物に興味がわく。

ちなみに本書では名前は伏せてあって、「◎42歳女性 ◎バー経営 ◎神奈川県出身」とだけ紹介されているこの人物の捨てられないTシャツは、「ジョーイ・ラモーン」だ。彼女はなぜこのTシャツを捨てられないのか。

このあと、彼女のラモーンズのライブでのエピソードが綴られているのだが、そこで発生した信じられないトラブルと、その後の奇跡のような展開には、読んでいて驚愕し、大笑いし、感動させられた。こんな経験と結びついたTシャツなら、たしかに捨てられるわけがない。

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