創業者の悩みの1つに後継者問題があります。千房も例外ではありません。実は、中井社長が将来を託そうと考えていた長男が3年前に急逝されました。次男は別の仕事についていて、会社に戻れません。そこで、大手証券会社に勤めていた3男の中井貫二さんに白羽の矢が立ちました。政嗣さんが相談すると、二つ返事で入社を快諾。貫二さんはその時の思いをこう語ります。
「父に“誰のおかげでご飯を食べられると思っているんだ”と声をかけられたことがあります。普通だったら、親のお陰、いやお客様のお陰といったところですが、父は違いました。“千房の従業員のお陰だぞ”と言ったのです。お客様のお陰は勿論ですが、これまで店を支えてくれた従業員の皆さんに恩返しをするつもりで入社しました」
聞けば、貫二さんからすると、自らは3代目という認識とか。父親の政嗣社長が、そんな貫二さんの気持ちを代弁してくれました。「私の後継ぎではプレッシャーだと思うのですが、長男が2代目の苦労を背負って頑張ってくれたので、貫二は3代目として、のびのび仕事をしてくれています」。
大手企業ではできない社会貢献
実は政嗣社長、貫二さんが大手企業に勤めていたので、受刑者就労支援を反対するのでは、と心配していました。ところが実際は逆。大手企業ではできない社会貢献だ、と先頭に立って応援してくれました。社員全員の前で職親活動の意義を熱く語り、刑務所に通って現状を把握。これからの取り組み方についても積極的に学んでいます。こうした貫二さんの言動を見て、社内がさらに1つにまとまった、と政嗣社長は感じています。
「うそをつくな、ルールを守りなさい、素直であれ。この3つを社員に徹底させています。これが人の伸びる原点だからです。また人間は1人では生きていけません。影響を受け、与えあって生きています。だから店では、自然体で自分の大事な親戚の人が訪ねてきてくれた、そんな優しい思いで接客をしてほしい、と従業員に言っています」と政嗣社長。
過去は変えられない、しかし自分と未来は変えられる。反省は1人でできる。しかし更生は1人ではできない。こうした思いで「職親」活動を続け、会社、従業員ともども未来を切り開こうとされています。
中井社長は、他にも社会貢献として、関西の演芸文化の継承にも努力されています。お店がある道頓堀は食と演芸が近い関係にあった場所です。桂福團治師匠から関西の演芸文化を継承するお手伝いをしてもらえないか、との話があり、NPO法人関西演芸推進協議会の発起人として専務理事になりました。上質な上方文化の継承を目指して活動を続け、この7月には難波グランド花月地下のあるシアターで昔懐かしい「水芸」の公演も予定しています。食と演芸で関西を盛り上げ、再来年の創業45周年、そして経営改善を進めて「100年企業」までも目指してもらいたいものです。
もうひとつ、最近、中井社長にお会いした時に言われた言葉があります。「竹原さん、夜、降る雪は積もります」。 確かに、夜は気温が下がりしんしんと雪が積もりますが、当たり前では、と思っていたら、「皆が休んでいる時に働くから積もるんですよ」と付け加えられました。若い時から努力されてきた創業社長の言葉には、本を読むだけでは味わえない重い響きがありました。
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