1億円のピアノに載る次世代鍵盤と究極の音 白鍵と黒鍵が段差なく一直線に並ぶ

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そう語るのは、この未来鍵盤の発案者であり、日本ジャズ界で“唯一無二の天才”と呼ばれるピアニスト、菅野邦彦さんだ。一般的にピアノは、52の白鍵が手前にあり、36の黒鍵が奥に一段高く設置されている。専門的な音の組み合わせはともかく、確かに88の鍵盤がフラットになることで、指の動きが滑らかになることは想像できる。そして、シンプルになることで、そこに“美”が生まれる。音のデザインも視覚的なデザインに通じる部分がある。

「普通のピアノとは音も違います。未来鍵盤のピアノは、構造的に澄んだ音が出るんです」

そう言って、菅野さんが未来鍵盤のピアノの前に座り、軽やかに指を動かす。確かにその音色は抜群の透明感があり、音の粒ひとつひとつに艶を感じる。聞いているこちらの体全体を包み込んでくるようだ。だが、それが未来鍵盤の効果なのか、菅野さんの腕によるものなのか、素人には判断しにくい。

「じゃあ、こっちを聞いてみて」

菅野さんの案内で奥に行くと、“普通の”グランドピアノが置かれていた。同じように菅野さんが音を奏でる。演奏はやはり見事だ。だが、未来鍵盤のときほどの圧倒する音の美しさはなかった。

「ピアノは鍵盤を押すことでハンマーが弦を叩いて音を出します。この鍵盤を押す瞬間が短ければ短いほど音は澄んでいくんです。そのためこの未来鍵盤は指が触れる部分をカマボコ型にして指との接点を小さくしています。つまり、最高の音がでる触れやすいセンターが特定され、しかも各音とも同じ位置なのです。理想は鍵盤を押すのではなく触れる程度で音が出ること。いまもまだ少し重いのですが、それでも普通のピアノとは比べものになりません」

カマボコ型になった鍵盤をそっと押してみる。指に感じるのは微かな反発。鍵盤はすうっと下がり、ポンッと美しい音をたてた。

ピアノという楽器の可能性がより広がる

最高の音と最上の演奏を求めて。未来鍵盤の構想から70年、製作にも30年の月日がかかっている。

「最初の試作品はピアニカからで、それから電子ピアノで5台、そしてグランドピアノの鍵盤を4台使って、試作を続けてきました。3年前にようやく完成形と呼べるものが出来上がるまで、なんだかんだ1億円くらいはかかっていますね」

菅野さんがここまで未来鍵盤にこだわるのは、ピアノという楽器を愛しているからにほかならない。

「僕自身、この鍵盤を使うようになってピアノがうまくなったと感じます。簡単に弾くことができるので、初心者用としても最適。この鍵盤でピアノという楽器の可能性がより広がるんです」

未来鍵盤を弾きながら、菅野さんが語る。とても贅沢なインタビューだった。

「問題は、まだこのピアノが1台しかなくて、これを弾けるのが僕しかいないということ(笑)。これからどんどん世界に普及してくれれば、もっとたくさんの人がピアノを楽しめるようになる。そうなればいいなと思っています」

天才ピアニストが思い描く未来は、まだ始まったばかりだ。

(文・川上康介)

Kunihiko Sugano
菅野邦彦
ジャズピアニスト
1935年、東京都生まれ。学習院大学在学中から演奏活動をはじめ、その腕は海外からも認められた。現在は下田ビューホテルに置かれた未来鍵盤のピアノを不定期で演奏するほか、ライブ活動も行っている。
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