ジャパネット髙田明「私が新入社員だった頃」 バスから景色を眺めることも、勉強です

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退社したのにはいくつか理由があったんですけど、仕事が嫌になったとか、会社を辞めたいとか、そんなことは全然ありませんでした。自分の性格というか、いちばん大きかったのは、親友に一緒に仕事しないかって誘われたことでした。平戸での中高時代の仲間の1人で、受験勉強も一緒に頑張った中倉玄喜君に、翻訳の仕事をしようって誘われたんです。

彼と一緒にやろうということになって、軽い気持ちで、退職してしまいました。覚悟とかそんなものではありませんでした。若いだけが取り柄で、何の人脈もコネも計画もなくて、そんな事業がうまくいくはずもなく、すぐにおカネがなくなってしまいました。

それで、とにかく食べて行かなきゃならないから、彼は別の仕事をすることになりました。中倉君は在日外国大使館に勤めた後に、翻訳に精を出して、今は、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』の新訳や、ローマ帝国の希代の英雄ユリウス・カエサルによる『ガリア戦記』の新訳をPHP研究所から出版するような立派な翻訳家になっています。

私にはその後の計画なんて何もありませんでした。そんなとき、喫茶店に入ったら、ジュークボックスがあったもんだから、渡哲也の「くちなしの花」を入れたんですよ。それを聴いているうちに、平戸に帰ってみようかなって思って、それで帰ったんです。そして父が経営していたカメラ店を手伝い、37歳で独立して、やがてラジオショッピングからテレビショッピングを始めました。

今を生きていれば、人生は拓ける

振り返ってみると、私は天賦の才に恵まれたとか、他人と違った特別なことをやってきたとか、そんなことは何もありません。普通でした。第1志望の大学には合格できませんでしたけれど、一生懸命に勉強した自分がいました。好きなことをやろうと思って、大学時代は英語を一生懸命に勉強しました。一流企業に入ろうとか、出世しようとか、そんなことは考えませんでしたけど、入った会社では、とにかく期待に応えられるように全力で働きました。

会社を辞めて父の写真館で働くようになったのは、友達と始めた仕事がうまくいかなかったからです。どちらかといえば、流れに身を任せて、与えられた環境に順応してつねに全力を尽くすというのが私の生き方でした。それは、自分で会社を始めてからも変わりませんでした。

私はうまくいかなかったことに劣等感を持ったことも、成功したことで優越感を抱いたりしたこともまったくありません。失敗をばねにと思ったこともなければ、うまくいって天狗になったこともないんです。ただ、目の前のことを一生懸命にやってきただけです。

だからですね、特に若い皆さんに申し上げたいのは、受験がうまくいかなかったとか、希望する会社に入れなかったとか、そんなことは関係ないんですよ。

卒業した大学や入社した会社が将来を保証してくれるほど今の日本は甘い社会でもありません。そんなことでくよくよしても仕方ないですよ。過去は変えられませんから。過去を悔やんで未来を悲観して生きていても仕方がないです。そんなことより、好きなことを一生懸命にやり続けていれば、今を生きていれば、人生は絶対に拓けるようになっているんですよ。そして、一生懸命にやったことは決して無駄にはなりません。後になって、その努力はいつかどこかでつながってくるんです。

髙田 明 ジャパネットたかた創業者、A and Live代表取締役、V・ファーレン長崎代表取締役社長

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たかた あきら / AKIRA Takata

1948年長崎県平戸市生まれ。大阪経済大学卒業。阪村機械製作所に入社、入社2年目からヨーロッパに駐在し、機械営業の通訳に従事。74年平戸へUターンし、父親が経営していた「カメラのたかた」に入社。観光写真撮影販売から事業拡大し、86年に分離独立して株式会社たかたを設立、代表取締役に就任。90年からラジオショッピング、94年にはテレビショッピングに参入し、通信販売事業を本格的に展開。99年ジャパネットたかたに社名変更。2011、12年はテレビの販売不振で2期連続減収減益。2013年は、自らの進退を懸けて過去最高益更新の目標を掲げる。テレビに代わる商材の発掘、東京オフィス開設等々が奏功し、目標を達成。2015年1月、ジャパネットたかた社長の座を長男に譲り退任。同時にA and Liveを設立。2016年1月にはMCとしての番組出演も「卒業」。2017年サッカーJ2クラブチーム、V・ファーレン長崎代表取締役社長に就任。クラブの立て直し、再建に注力。2017年11月にJ1昇格を達成したが、2018年はJ2に降格。今季J1復帰を目指して奮闘中。

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