「電球」の奥深さをどこまで知っていますか

この蘊蓄100章は思わず人に話したくなる

21. 竹が有効なことを知ったエジソンは、当時の金額で10万ドルを費やし全世界に竹狩りスタッフを派遣する

初期の白熱電球(撮影:尾形文繁)

22. その一員でエジソンの助手ウィリアム・H・ムーアが1880年に日本を訪問。ときの首相・伊藤博文と面会する

23. 伊藤は彼に「竹なら京都がいい」と勧め、さらに京都府知事は「八幡周辺を探すよう」アドバイスを加えた

24. 古くから京都・八幡地域の土壌は鉄分が豊富で、柔軟かつ堅固な竹の産地として知られていたのだ

25. 結果、京都・八幡男山付近で採取された真竹は約2450時間も灯り世界中で採取された1200種類中1位となる

26. これを素材に決めたエジソンは「肥料を使っていない天然の8~10年ものの真竹」を京都・八幡に発注

27. 「10~12月に収穫」「根元から1m上の12節で外皮を1㎝幅にし100本束ねて収める」等、細かく指示した

28. エジソンは完成した白熱電球をゾロアスター教の光と英知の神アフラ・マズダーにちなみ「マズダ」と命名

29. 八幡の竹は1894年まで米国の「エジソン電灯会社」に輸出され何百万個にも及ぶ白熱電球の素材となった

電気器具の国産化へ

30. 一方、電灯の進化は日本でも求められていた。その中心となったのが山口・岩国出身の藤岡市助である

31. 1875年、藤岡は旧岩国藩主から奨学金を得て工部寮電信科(のちの工部大学校→東京大学工学部)に入学

32. 英国人教授ウィリアム・E・エアトンのもとで電気工学を学ぶと、1878年日本初の「アーク灯」点灯に参加

33. 東京・虎ノ門の工部大学校で開催された「電信中央局開業祝賀晩さん会」での出来事で藤岡はまだ学生だった

34. アーク灯とは、電球が発明される以前の1802年に英国人科学者によって開発された「電力による初の光源」

35. 炭素電極が大気中のアーク放電で発生する火花を利用した「放電灯」で、大量の電池を必要とした

36. 1881年工部大学校を首席で卒業した藤岡は翌年、銀座でアーク灯を点灯。初めて一般市民が電灯を体験する

37. しかしアーク灯は1時間に50円(当時)という莫大な費用がかかる上、15分ももたない不安定な灯りだった

38. 1884年、工部大学校教授となった藤岡は米国フィラデルフィアで行われた万国博覧会に国から派遣される

39. その際、ニューヨークでトーマス・エジソンと面会する機会を得た彼は〈電気器具の国産化〉を勧められる

40. 翌85年にはエジソンから36個の白熱電球と一対の電話機が工部大学校あてに贈られた

次ページ真竹にさらなる特長を発見
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