ベントレー「マリナー」の知られざる伝統 「特別な1台」を作り出す注文製作の凄み

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現在、英国チェシャー州クルーにあるベントレー本社ファクトリーの一角を占めるマリナー部門では、60人もの専属スタッフが従事。その中には旧マリナー・パークウォード工房時代に、かつてのベントレー・コンチネンタルのボディを製作していたベテランのマイスターも含まれているという。彼らはブランドネームだけではなく、古き良きビスポークの伝統をも継承し、目の肥えた顧客からのあらゆるオーダーにも応えられることを旨としているのだ。

また内外装のモディファイにとどまらず、コーチビルダーとしての本分、特装ボディの架装(コーチビルディング)の伝統も、マリナーでは現在も息づいている。例えば2002年に英国王室に納入された御料車、ベントレー「ステートリムジン」や、現行ミュルザンヌをベースに製作し、昨年のジュネーブ・ショーで発表した「グランドリムジン」は、マリナーのコーチビルディング技術が健在であることを示した作品と言える。

日本市場専用のリミテッド・エディション

今回発表されたコンチネンタル GT V8 S ムーンクラウド エディションは、日本国内の正規ディーラーの要望を受けたベントレー「マリナー」部門が、全世界で12台のみ製作する限定車。日本の月夜をイメージしたというシルバーグレイと漆黒のデュオトーン(2トーン)ペイントが施されている。従来のベントレーでは「ミュルザンヌ」「フライングスパー」などのサルーンモデルにしかデュオトーンを提供しておらず、これがクーペモデルとしては世界初の採用例となる。

インテリアでは、日本のカスタマーも好むピアノブラックのキャッピング(表面処理)を選んだ上に、ダッシュパネルには白蝶貝で寄せ木細工を施すなど、極めて豪奢な仕上がりに。またカーペットパイピングなどのアクセントカラーには「クラインブルー(深い青)」が用いられる上に、こちらもミュルザンヌのみに設定されている「ヒドン・デライツ」仕様を採用。これはアームレスト収納の内側など、隠れたところにアクセントカラーを施すというもの。例えばジャケットの裏地などをビビッドなカラーにして隠れたお洒落を楽しむという高等なファッションスキルと同じ発想は、まさしく英国伝統のビスポークの賜物と言えるだろう。

しかし、コンチネンタル GT V8 S ムーンクラウド エディションにて最も注目すべきトピックは、限定モデルでありながら、マリナーのコーチワーク技術の高さを、これからビスポークしたいと願うカスタマーにも例示していることだろう。実はこの日の発表会を待たずして、これから日本で販売される12台がほぼ完売状態にあるというのだが、これから顧客が新たにオーダーすることによって、例えば近い内容のものでも、あるいはもっと個性的なベントレーを創ることも可能だという。

昨今では、あらゆる超高級ブランドがビスポーク・ブランドを展開しているものの、往年の名門コーチビルダーの名を掲げてヘリテージを強調するのは、おそらくベントレーのみであろう。今回のプレゼンテーションでは、埼玉・加須に本拠を置くロールス・ロイス/ベントレーの博物館「ワクイミュージアム」の協力を得て、H.J.マリナー時代のベントレーの傑作、1950年型マーク6スポーツサルーンや1960年型S2コンチネンタル・クーペも同時展示し、マリナーというブランドの正統性をアピールしていた。

伝統と新しいセンスの双方に果敢にチャレンジするベントレーとマリナーの、今後の発展に期待したいところである。

(文・武田公実)

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