金正男は「壁がない平和な世界」を夢見ていた 7時間独占取材した記者が伝えたいこと

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五味氏は会見の冒頭、「私だけではなく、私の妻もショックを受けていて昨晩も何回も泣いていた」と打ち明けた。五味氏は、金正男氏への世界初の長時間インタビューとなった2011年1月のマカオへの取材に、(中国人の)妻が同伴していたことを説明。そして、その妻が本の出版に一番強く反対していたと打ち明けた。

「当時私は子供がいなかった。もし金正男さんを取材してトラブルに巻き込まれたとき、私だけ行方不明になるのはまずいと思った。そこで妻に率直に話をして、一緒に来るよう頼んだ。彼女は同意し、私が取材しているところを写真に撮ってくれた」

五味氏は所属する東京新聞に取材のことは伝えず、万が一、自らが行方不明になった場合に備えて、会社の机の中に宿泊予定のホテル名や搭乗予定の飛行機の便名など日程を記した手紙を置いていったという。そして、金正男氏が実際には来ない可能性があったため、その場合には観光旅行に切り替える予定でもいたという。

出版は「ちょっと待ってほしい」と頼まれた

なぜそこまでリスクを負って、金正男氏への取材に臨んだのか。

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五味氏は「北朝鮮は日本と最も敵対している関係の国。しかし、うわさ話や政府当局者の話が先行し、直接実名で語ってくれる人がほとんどいない」と説明した。

2011年12月には金正日氏が死去し、北朝鮮の将来に対する不安が一気に高まる中、金正男氏からは本にする許可を得ていたものの、出版については「ちょっと待ってほしい」と頼まれたという。

それでも出版した。「タイミング的に非常に微妙な時期だったが、彼の思想や北朝鮮に関する考え方、人間性を伝えることこそ、北朝鮮に対する関心を高め、理解がすすむ道だと考えた。日朝関係だけではなく、北朝鮮と他の国との関係性も改善されるとの信念のもとに本を出版した」と述べた。

会見では、今回の毒殺についての質問もあった。しかし、五味氏は事件の背景などについて憶測や推測でコメントすることを避けた。

一方、内外のメディアは、かつて後継者を争った金正恩氏が自らの権力基盤を固めるために行ったとの見方や、中国が正男氏を担いでくるのではという正恩氏のパラノイアがあるといった見方までさまざまな報じ方をしている。真相は、どこにあるのだろうか。

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