宇沢経済学の根底にある「人間尊重」とは何か 「知の巨人」宇沢弘文先生の業績

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更に、海外での最強の応援団がコロンビア大学のジョセフ・E・スティグリッツ教授である。ノーベル経済学賞受賞者であるスティグリッツ教授は、 1965年から1966年にかけて、宇沢先生の在籍したシカゴ大学において、宇沢先生の下で研究を行っていた。

スティグリッツ教授も宇沢先生と同様に、『これから始まる「新しい世界経済」の教科書』(Rewriting the Rules of the American Economy)など多くの著作で、現在の行き過ぎたグローバル資本主義のあり方に警鐘を鳴らしている。

人間と地球のために、経済学者は何をすべきか

2016年3月には、宇沢先生の長女で医師の占部まり氏が主催する宇沢国際学館による宇沢弘文教授メモリアルシンポジウム「人間と地球のための経済 経済学は救いとなるか?」が青山の国連大学で開催され、そこでの基調講演をスティグリッツ教授が行なうなど、世代を超えて両者の交流は今も続いている。

スティグリッツ教授は、本書の前書きにも寄稿している。その「宇沢先生が生涯をかけて教えてくれたこと 人間と地球のために経済学者は何をすべきか」には、以下のように書かれていて、ここに宇沢先生の思想が脈々と受け継がれているように思う。

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「これ以上の経済成長は必要ないという人もいますが、あえて申し上げると、継続的な成長は必要です。それは世界人口の半分に当たる、貧困からようやく抜け出そうとしている層の人たちが必要最小限の生活水準に達するまでの成長が必要だから、というのが理由です。とはいえ、永久に成長し続ける必要はありませんし、成長は現在よりはるかに小さな環境負荷で成し遂げられると思います。ただし、そのような形で成長を実現するには、従来とは根本的に異なる構造が必要になるでしょう。ここで問題になってくるのは、生活の質ということです」

「伝統的な経済学では人の選好は生まれたときから決まっており、それ以外のどこからも発生するものではないという前提を置いてきました。ところが実際には固定化された選好を持って生まれてくる人間などいませんし、選好は後天的に形作られるものです。それは私たちが所属する社会によって形作られ、またどのように形作るかは自分たちで決めることができるのです。そのように選好は内生的であるという事実は、幸福についての奥深い問題を提起します。伝統的な経済学はそうした問題を避けようとしています。これまでの取り組みはパレート最適の概念を活用したものでした。それは固定化した選好を持った人々をひとかたまりにして、その人たちの幸福度を最大化しようという取り組みです」

宇沢先生の単著をいきなり読み出すとかなり難しく感じると思うので、宇沢先生の著作に常に伴走してきた岩波書店の名編集者・大塚信一氏の『宇沢弘文のメッセージ』と本書を合わせて読めば、かなり理解は深まると思う。宇沢先生の人間中心の経済学が今後ともできるだけ多くの人に届くよう願っている。
 

堀内 勉 多摩大学社会的投資研究所教授・副所長、HONZ

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ほりうち つとむ / Tsutomu Horiuchi

外資系証券を経て大手不動産会社でCFOも務めた人物。自ら資本主義の教養学公開講座を主催するほど経済・ファイナンス分野に明るい一方で、科学や芸術分野にも精通し、読書のストライクゾーンは幅広い。

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