宇沢経済学の根底にある「人間尊重」とは何か 「知の巨人」宇沢弘文先生の業績
更に、その管理の形態として、 宇沢先生は「コモンズ」 (Commons)という考え方を提起する。 コモンズは必ずしも特定の組織や形態を持つものではなく、例えば、 明治時代までは各村にあった、村が経済的に自立するための重要な施設であり、村長が中心になって管理する溜池潅漑のように、ある特定の人々の集団が集まって、社会的共通資本としての機能を十分生かせるように協同的に管理や運営をしていくものである。
そして、この宇沢経済学の根底にあるのは「人間尊重」である。この言葉を深く受け止めないと、成田闘争にシンパシーを示したことなどから、「宇沢弘文は左翼だ」とかいう話になってしまうのだが、宇沢先生はそうしたイデオロギー先行ではなく、経済学者として数理的にも整合した人間中心の経済学を構築しようと努力していたのである。
昭和天皇のお言葉が転機をもたらす
宇沢先生の『経済学は人びとを幸福にできるか』(『経済学と人間の心』の新装版)の中に、1983年に文化功労者に選ばれ、宮中に招かれて昭和天皇に経済学のレクチャーを申し上げた際に、天皇から「君!君は、経済というけど、人間の心が大事だと言いたいのだね」というお言葉を賜ったエピソードを披露している。そして、これが宇沢先生にとって大きな転機をもたらすことになったとして、次のように書いている。
「昭和天皇のこのお言葉は、私にとってまさに青天霹靂の驚きであった。私はそれまで、経済学の考え方になんとかして、人間の心を持ち込むことに苦労していた。しかし、経済学の基本的な考え方はもともと、経済を人間の心から切り離して、経済現象の間に存在する経済の鉄則、その運動法則を求めるものであった。経済学に人間の心を持ち込むことはいわば、タブーとされていた。私はその点について多少欺瞞的なかたちで曖昧にしていた。社会的共通資本の考え方についても、その点、不完全なままになってしまっていたのである。この、私がいちばん心を悩ましていた問題に対して、「君!君は、経済というけど、人間の心が大事だと言いたいのだね」という昭和天皇のお言葉は、私にとってコペルニクス的転回ともいうべき一つの大きな転機を意味していた」
こうした宇沢先生の人間中心の思想は、『経済学は人びとを幸福にできるか』の冒頭の、池上彰氏による「『人間のための経済学』を追究する学者・宇沢弘文」という解説に端的に表現しているので、そのまま抜粋しておく。
「経済学は、何のための学問か。人を幸せにする学問ではないか。人を幸せにするためには富の創造・蓄積が必要だが、それに傾注していると、いつしか当初の目的から逸脱して、人々を不幸にすることもある。人々を幸福に少しでも近づけるために、経済学の理論はどう構築されるべきなのか。これを生涯にわたって追究してきたのが、宇沢弘文氏です。若い頃経済学をかじり、いま大学で経済学の基礎を学生に講義している私にとって、宇沢氏の学問に向き合う誠実な態度は、常に導きの星でした」
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