宇沢経済学の根底にある「人間尊重」とは何か 「知の巨人」宇沢弘文先生の業績

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このように、宇沢先生の経済学は、資本主義と社会主義の両方の限界を乗り越えようとする学問的且つ実践的な試みであり、主流派から外れた経済学者が、その後半に左がかった思想に振れていったなどという浅薄なものでは決してない。

日本の大学には引き継がれなかった、宇沢先生の教え

ところが、その後、東大を始めとした日本の大学では、残念ながら宇沢学派のような形では後継は育たなかった。経済評論家の池田信夫氏がブログで何度か宇沢先生についてコメントしているが、それは宇沢経済学を継承しようという立場からではなく、宇沢先生が日本の経済学を世界の主流から遠ざけた原因であるとか、宇沢経済学は農本主義であるといった批判的な立場からの論評であり、これを肯定的に発展させようという経済学者は今のところいない。

宇沢先生は1968年に東京大学経済学部に助教授として戻り、翌年教授に就任し、1989年に退官された。その間、吉川洋先生、清滝信宏先生、岩井克人先生などが宇沢ゼミ出身だったようだが、この中で宇沢先生の思想的影響を一番受けているのは、岩井先生ではないかと思う。

岩井先生の研究も内外の大学を通じて多岐にわたっているが、近年では株式会社のガバナンス研究に注力している。この中で、岩井先生は、会社と会社の経営者を人形浄瑠璃の人形と人形使いとの関係になぞらえて説明している。つまり、経営者(人形使い)は株主の代理人ではなく、会社(人形)の信任の受託者であり、この信任関係を維持するために、一方の当事者には、自己利益追求を抑えて他方の当事者の利益にのみ忠実に仕事をすべしという忠実義務が課されることになるというのである。

岩井先生の言う、会社の信任の受託者としての経営者に求められる「職業倫理」は、実は医師や弁護士などの専門家(プロフェッショナル)の世界では、当然に求められているものである。そして、この背景にあるのが、「ヒポクラテスの誓い」(The Oath of Hippocrates)の考え方である。

ヒポクラテスは紀元前5世紀にエーゲ海のコス島に生まれたギリシャの医者で、それまでの呪術的医療と異なり、健康・病気を自然の現象と考え、科学に基づく医学の基礎を作ったことで「医学の祖」と称されている。彼の弟子たちによって編纂された『ヒポクラテス全集』の中にある、医師の倫理・任務などについてのギリシャ神への宣誓文が「ヒポクラテスの誓い」である。そして、宇沢先生の言う「社会的共通資本に関わる職業的専門化集団」の倫理・任務というのが、この「ヒポクラテスの誓い」をたてた医師と同じ文脈で語られているのである。

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