「課題先進地」東北で女性たちが今考えること 被災地の今から考える<後編>

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本当に行けないのだろうか。板林さんは考えた。休日なら、子どもをパパに見てもらうこともできる。そう考えて、夫に子どもを預けて、ママ飲み会を企画してみた。やってみると「意外にパパも子育てできる」「こうすれば、自分も楽しむことができる」とお母さんたちは気づいた。

これは都市部の働く女性にも通じる。「家事や育児はママがやらなきゃダメ」という思い込みに縛られている人は、大都市にもたくさんいる。さらに、板林さんがベビーマッサージの話をすることで、自分もやってみたい、勉強してみよう、と考える母親が出てきた。周囲の女性を元気づけ、生きやすくするサポートを板林さんは、楽しみながら実践している。

板林さんの資質を見抜いた石本さんは、板林さんと地元のリーダーを次々につないでいった。たとえば、前回記事の冒頭で紹介した市会議員の蒲生さん。一緒にお茶を飲みつつ、石本さんは言った。「蒲生さん、お母さんと赤ちゃんの話なら、板林さんがよく知ってますよ」。紹介されてお互いに「どこに住んでいるんですか?」「●●です」「ああ!それなら〇〇さんを知っていますか?」と話がつながっていく。

力を発揮するための後押し

研修を開くだけでなく、きめ細かいフォローで、参加者が力を発揮するための後押しをする。この日、石本さんは、板林さんをもうひとつのNPOに連れて行った。仮設商店街の中にある、農業やICTを活用し、若者を地域に呼び込む活動に取り組む、一般社団法人SAVE TAKATA。この街出身の佐々木信秋さんは「中高生が、街にいる面白い大人とつながれるようなきっかけを作りたい」と話す。「そうしたら、いつか、街に帰ってくるかもしれない」。

佐々木さんの構想には、ICT活用で地元に雇用を生み出し、コミュニティを作る、というものがある。もともとWebプログラマー。パソコンの使い方やウェブ制作を教えることはできる。「ただ、それだけでは、つまらない。集まった人の居場所を作りたい」。それを聞いて、子育てNPOの経験を持つ板林さんが、アイデアを出す。ふたりの間には共通の知り合いがいることもわかった。石本さんの「紹介」で、地域を活性化したい若いリーダー同士がつながり、励まし合う仲間になった。地道だが大事な活動だ。

グラスルーツ・アカデミー東北参加者の中には、すでに新しい事業を始めた人もいる。岩手県花巻市に住む助産師の佐藤美代子さん。震災発生時は、第二子が生後5カ月だった。かつて、県立病院で働いていた佐藤さんは「天災が起きたら非番でも医師、看護師、助産師は出勤する」と教えられてきた。すでに県立病院の職員ではなかったが「動けない自分の状況が悔しい」と佐藤さんは思った。

普通は5カ月の赤ちゃんがいたら、自分は守られる側と考えるだろう。だが、佐藤さんは違った。「自分も何かしたい」。地域の医師に相談すると「津波の被害が大きい沿岸部から避難してきた妊産婦のサポートをしたらどうか」とアドバイスを受けた。勧めに従い、佐藤さんは赤ちゃんをおんぶして上の子の手を引いて、妊産婦支援に駆け回った。想像するだけで大変そうだが「夢中でした。震災から数カ月の記憶がない」と言う。そこにあるのは妊産婦を支援するプロとしての気概だ。

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