崖っぷち女がスマート紳士に瞬殺されたワケ 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<18>
「いやぁ、こんなに綺麗で素敵な人に出会えるなんて、嬉しいな。正直な話、結婚相談所にそれほど期待はしていなかったもので…」
松岡はそう言って、困ったような笑顔を浮かべた。
その表情もまた魅力的で、杏子は気を抜くと、ついつい彼に見惚れてしまう。
もう、獲物は逃すまい
「わ、私もです……」
杏子は、これまでにないほど緊張していた。
松岡は、36歳のスポーツジムの経営者だ。プロフィールシートには、年収は確か1500万円と記載されていたはず。自営でその収入ならば、経済的にも文句はない。
松岡にとって杏子とのマッチングは2回目だそうだが、彼も緊張しているようだった。しかし、そんな様子さえも、杏子にとっては好感が高い。
“相談所慣れしていない緊張感”というのは、そもそも相談所を利用することに多少の抵抗感があり、気恥ずかしさを感じていることの表れであろう。
松岡をザっと一目観察すれば、彼が東京婚活市場において、少なくともAランク以上であることは明らかである。相談所など使わなくとも十分勝負できる男だとは思うが、きっと杏子と同じく、何か事情があるに違いない。
――私たち、市場価値的にも、相性はピッタリなはずだわ。これは早めにクロージングの方向へ持っていかないと……。モタモタしてたら、また他の女に盗られかねない……!
杏子は、もはや当初のような婚活初心者ではない。幾多の失敗を踏まえた上で、今回は、慎重に確実に駒を進めねばならないと、心の中で決意した。
会話は、お互い探り探りで進んでいった。
しかし、二人とも変に緊張しているせいか、プロフィール交換のような表面的な会話ばかりで、イマイチ盛り上がりに欠ける。
――きっと、この場所が悪いんだわ。この「相談所感」から脱却するのがベターかも知れない……!
もう獲物は逃すまいと、杏子は半ば必死だった。他の女に盗られてしまった正木のような失態は、二度と繰り返したくはない。
杏子はこの『ランデブーラウンジ』をチラと見回してみる。予想通り、同じように相談所にマッチングされたと思しき男女が何組かいた。
ホテルのラウンジは、マッチングデートには絶好な使い勝手の場所に違いないが、自分たちのような特別なカップルに、このコテコテ感は似合わない。もっと自然な空間で、松岡との距離をうまく縮める必要があった。
そして、杏子は思い切って勝負に出ることにした。
「あの……。もし良ければ、お夕飯をご一緒しませんか?お会いしてすぐにお誘いするのは失礼かも知れませんが、もし、この後ご予定がなかったら……」
マッチング1回目ですぐに食事に誘うのは、基本的に成功率が低いと思われる。杏子自身も断られたことがあるし、断ったこともあるからだ。
しかし杏子は、祈るような思いで松岡の反応を待った。