32歳高年収女子が対峙した「非モテ男」の正体

東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<12>

マッチングも3度目ともなれば、これまでのような緊張感も、あまりなかった。杏子はいつの間にやら、婚活初心者ではなくなっているようだ。

余裕の足取りで『ザ・ラウンジ』の席へ向かうと、プロフィール写真で見たのと同じ、一本の線だけで成り立ったような幸薄顔の男が、すでに恐縮した面持ちで座っていた。

「……はじめまして……。桜田と申します……。ど、どうぞ、座ってください」。桜田という男は、消えそうな細い声で言った。目線は斜め下の杏子の肩あたりを向いており、どうやら緊張で杏子を直視できない様子である。

 

好条件にも関わらず、難アリな性格のみが災いする男

「す、素敵なドレスですね……。とてもお似合いです……」

「ありがとうございます」

そんな桜田は、秋と言ってもまだ汗ばむ陽気が続く中、ツイード地のスーツを着て、ネクタイまでしっかりと締めていた。彼なりの精一杯のお洒落なのだろう。しかし、真新しいスーツは彼の地味な顔にはマッチせずに浮いてしまっている。そして、やはり暑いのだろうか。額にはうっすらと汗が滲んでいた。

正直、今までの飯島、正木と比べると、桜田は論外と言えるほど、全く杏子のタイプではなかった。いつものように簡単なプロフィール交換、仕事の話で歓談はスタートしたが、杏子は桜田に全く興味を持てない。

目を合わさずに、始終杏子の肩のあたりを見ながら小さな声で話す仕草。面白くもないのに、時たま裏返った声で「フフフ」と笑う癖。桜田が女慣れしていないのは明らかで、その挙動不審さは、杏子の神経を刺激した。

結婚相談所に登録した当初、杏子が危惧していたのは、こう言った明らかに女性から需要のない男の存在であった。しかし、桜田は薄い顔ではあるが、やはり不器量と言うわけではないし、親族には有名政治家も多い、松濤生まれの相当なお坊ちゃんだ。性格さえマトモであれば、女性に苦労することなど、絶対になかったであろう。

難アリな性格は、これほど異性に生理的嫌悪感を与えるものなのか。杏子は表面的に桜田の話に同調しながら、冷静に観察をしていた。

「私の趣味は、陸ガメの飼育です。ギリシャリクガメという種なので、ギリシャ神話から全知全能の神、“ゼウス”と名付けました」

桜田の話題に適当に相槌を打っていると、話題はいつの間にか、彼の趣味である陸ガメにシフトしていた。「陸ガメって、すごく可愛い動物ですよ。ゆったりとしたイメージがありますが、エサが欲しいときは必死に素早く動くんです。その姿は、何とも愛らしくて……」。

杏子は、ついつい正木のことを考えてしまう。今日、彼は何をしているのだろうか。趣味のフットサルでもしているのか。それとも……。

「あんなに可愛い動物なのに、陸ガメは、人間に食べられてしまうことも多いんです。ドラマ『ウォーキング・デッド』でも女の子が陸ガメを生で食べてしまうシーンがありましたし、NHKの『大アマゾン』でも、原住民が陸ガメを食していました。ついつい、涙がこぼれてしまいましたよ……」

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