グローバルな視点を欠く異次元緩和 水野温氏・元日本銀行審議委員に聞く(上)

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――日本のみならず、リーマンショック後、欧米も潜在成長率は低下したという議論が盛んです。インフレ率は下がるとみてよいのでしょうか。

グローバルディスインフレの状況で米国も3月のコアPCEデフレーターは前年比1%に下がっている。欧州でもインフレ圧力低下が確認されている。2%のインフレ率目標が、国際社会のスタンダードだと主張する人たちがいるが、時代遅れになりつつある。潜在成長率の低下を受け、日本のみならず、欧米先進国のインフレ圧力も低下傾向にある。白川前総裁時代の1%の目標はいい線だったと思う。

1%のインフレ率の実現でも、日本にとってはハードルが高く、潜在成長率を引き上げないと達成は容易でない。外国人投資家からよく聞かれる質問のひとつに、「日本の家計の金融資産の55%を現金・預貯金が占めるのに、なぜ、『デフレ脱却』を掲げる政権の支持率が高いのか」というものがある。これに対しては「『デフレ脱却』とは、『不況脱却』という意味に捉えていて、物価が本当に2%になるとは誰も思っていないからだ」と答えている。

2%のインフレ率は悪いインフレしか考えられない

本当に2%のインフレ率が望ましいと国民は思っていないと思う。仮に2%のインフレ率が達成できるとしても、景気回復に伴い賃金や企業収益が上昇する「ディマンド・プル型」は期待薄。円安が加速して輸入物価が上昇する結果、生活必需品や電気料金が上がる「コスト・プッシュ型」しか想定しにくい。消費税率が上がるが名目賃金は上がらないという状況になれば、家計の購買力は低下し、国民生活は苦しくなる。アベノミクスの効果が円安と株高だけなら、しばらくすると「景気の回復が実感できない」という話になってくると思う。

金融政策は景気循環を均すことはできるが、政府や民間の努力なしに、金融政策のみで需要やインフレを作り出せない。どんなに大胆な金融緩和も、資金需要が乏しい日本では、時間を買う効果しか期待できない。市場関係者は、米国経済がしっかり回復していくこと、日本が構造改革や財政再建にきちんと取り組むことを祈るような気持ちで見ている(以下、下に続く)。

大崎 明子 東洋経済 編集委員

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おおさき あきこ / Akiko Osaki

早稲田大学政治経済学部卒。1985年東洋経済新報社入社。機械、精密機器業界などを担当後、関西支社でバブルのピークと崩壊に遇い不動産市場を取材。その後、『週刊東洋経済』編集部、『オール投資』編集部、証券・保険・銀行業界の担当を経て『金融ビジネス』編集長。一橋大学大学院国際企業戦略研究科(経営法務)修士。現在は、金融市場全般と地方銀行をウォッチする一方、マクロ経済を担当。

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井下 健悟 東洋経済 記者

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いのした けんご / Kengo Inoshita

食品、自動車、通信、電力、金融業界の業界担当、東洋経済オンライン編集部、週刊東洋経済編集部などを経て、2023年4月より東洋経済オンライン編集長。

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