黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁は、新しい金融緩和策に関する記者会見で、「年間国債発行額の7割も日銀が買うのは、池の中の鯨ではないか」との質問に対して、「フローでは大きなシェアだが、国債ストックに対してはたいしたものではない」といった主旨の回答をした。ここにはいくつかの論点が含まれている。
まず、フローとストックの区別がある。確かに「年間発行額の7割」というのはフロー概念であり、「国債残高」はストックだ。これらを混同してはならない。しかし、論ずべきことはこれだけではない。重要なのは、次の2点だ。
第一は、「今回の措置のストックに対するウエイトは、本当に小さいのか?」という問題である。
実は、決して小さくない。日銀は今後2年間で銀行から100兆円の長期国債を買う。国内銀行の現在の長期国債保有残高は114兆円だ。もし買い入れを前倒しして2年分をいますぐ買い入れてしまえば、銀行の国債はほぼゼロになる。それほど大規模なものである。
もちろん、一挙には買わないし、銀行は新発国債を買う。しかし、今後2年間の長期国債の発行額を過去2年間と同額(82・7兆円)と考え、現在の保有残高比から見てその15%程度を国内銀行が買うと考えれば、国内銀行の保有国債残高は87兆円ほど減る。つまり、ストックに対しても大きな影響を与える政策なのだ。これは、まさしく「池の中の大きな鯨」である。
第二は、「ストックに与える影響は小さいほうがよいのか?」という問題である。小さくては意味がないのだ。なぜなら、ストックに影響を与えることが、そもそも金融政策の目的だからである。
金融政策とは、「マネーストック」(経済全体の「おカネ」の量)に影響を与えようとする政策である。そのために、「マネタリーベース」(日銀券と日銀当座預金)を操作し、いわば「テコの原理」によって、マネーストックを動かそうとする。マネタリーベースを動かす手段が日銀による国債購入であり、これによって、銀行が保有する国債を日銀当座預金に変えるのである。
マネーストック、マネタリーベース、銀行保有国債残高は、いずれもストック変数である。「大胆な金融緩和政策」とは、これらストック変数に有意な影響を与えようとするものだ。事実、今回の政策はマネタリーベースを現在の138兆円から2年後までに270兆円に増やすという政策であり、ストック面での大きな変更を目的としている。
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