それなのにこの問題を伝えるマスメディアの多くは、「農協の独占を許すな」「規制緩和で民間の活力を導入」というような一般庶民に受けそうなキーワードを駆使して、偏った報道で世論を操作しようとしている。
乳業関係者が「この規制改革が進めば、むしろ国民にとって重要な基本的食料である牛乳製品の信頼性を脅かす事態に発展するだろう」と断言するこの問題は、とても根が深く複雑に入り組んでいて、ひもとくことが難しい。しかし、このままいくと「必要のない改革」によって、乳製品にかかわる多くの存在(消費者含め)が不利益を被る可能性があるので、筆を執る次第だ。
同会議は今年度前半までは「規制改革会議」という名称で検討を進め、5月19日にその答申を発表した。そこに書かれているのは「指定生乳生産者団体制度の是非・現行の補給金の交付対象の在り方を含めた抜本的改革」というものである。
しかし、実際に会議の文書を読むと、バター不足問題を抜本的に解消するようなミラクルな大技が書かれているわけではなく、「不足の実態がどうなっているか、ちゃんと把握しますよ」というくらいのものにすぎないのだ。
バター不足問題は消費者にとって実に身近で、クリスマスシーズンやバレンタインを迎えようとする今、起こってほしくないことである。だから、先のような新聞の見出しが躍れば「なんだ、バター不足はまた農協が独占してるから起こるのか」というような印象を持つかもしれない。いや、なんとなく規制改革推進会議も、それに乗るマスメディアも半分、そうなることを期待しているんじゃないか、という勘繰りをしてしまう。農協批判は国民にウケやすく議論の火をつけやすい“燃料”だからだ。
「生乳の流通は農協が独占している」と聞けば、実情を知らなければ誰でも「指定団体って既得権益の塊で、解体したほうがいい組織なんだな」と思うだろう。
では、実際はどんな団体なのか。
酪農家は乳業メーカーと対等に渡り合えない
指定団体は正式名称を「指定生乳生産者団体」という。「生産者団体」と書いてあるとおり、生産者側の組織であり、生産者自身で行うことが難しい役割を果たす団体である。
牛乳やバターなど乳製品の原料となる生乳(せいにゅう:殺菌前の牛の乳をこう呼ぶ)は、酪農家の下で毎日一定の量が生産されるもので、腐敗しやすく貯蔵性が著しく低い。穀物であるコメなら低温貯蔵すれば1年経っても品質がそれほど変わらないが、生乳は冷蔵しても数日で微生物が繁殖し、飲用に適さなくなってしまう。だから搾乳後は短時間のうちに乳業メーカーに引き渡す必要がある。
こうした商品特性がある中、小さな酪農家が買い手である乳業メーカーに売り込みをし、価格交渉などを行うのは現実的ではない。あらゆる食品で同じ状況だが、今や買い手のほうが圧倒的に力を持っているのだ。価格の交渉をしても、安く買いたたかれてしまうのは目に見えている。
また、1軒ごとの生産量には幅があり、小さい規模の酪農家だと、生乳をタンクローリー1本分満たすことができないことも多い。そこで、地域を固めてタンクローリーが集乳して回り、数軒分を集めて十分な量にして、乳業メーカーに引き渡す。そうしないと、「数の力」ともいうべきものがなく、乳業メーカーと対等に渡り合えないのである。
そこで、酪農家たちが生産行為に集中できるよう、複数の酪農家から生乳の販売を受託し、乳業メーカーと一括して交渉する窓口として機能する指定団体が生まれた。価格交渉だけではなく、先に書いた集乳の手配をし、大きなロットにまとめるのも指定団体の機能だ。ちなみにこうした機能は、ほかならぬ酪農生産者が求めたものだと、ある乳業関係者は言う。
「生産者は、小さな生産単位では持ちえないそうした機能を求めて、自分自身の経営判断として指定団体への参画と利用を決めているわけです」
また、生乳の用途は飲用乳のみではなく、加工用もある。それも生クリームや脱脂粉乳、バターなどで価格も変わってくる。そうした割り振りを調整して、乳業メーカーから支払われた生乳の代金や補給金(次回以降に詳述する)をプールし、農家に送金する窓口でもある。
さて、ある新聞報道では「全国の10農協が~独占し」と書かれていたが、10農協といっても、それは47都道府県をブロック分けした、広範囲にわたる組織である。実際にはこんな割り振りだ。
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