「バター不足」解消をめぐる不思議な規制改革 酪農家の意見は「今の制度で問題ない」

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さて、このように指定団体とは、生乳の生産者である酪農家と、買い手である乳業メーカーとの間に入り、酪農家に必要な価格交渉や集荷の調整業務などを行う役割を持っている。ということは、おカネの流れに指定団体も入っている。実はここの部分がとても重要だ。先の乳業関係者はこう話す。

「指定団体制度ができる半世紀前には乳業メーカーも企業が乱立していました。当然、過当競争が起きてしまい、一部の零細な乳業メーカーは酪農家に対して手形の形で生乳代を支払いました。しかしそれが不渡りになり、乳業メーカーだけではなく酪農家も破産してしまったという事例も実際にあったのです。酪農家に代わって取引先の与信をし、代金決済を確実に行う指定団体の機能は、酪農家にとってなくてはならないものなんです」

こうした側面を知ると、指定団体を見る目が少し変わってくるのではないだろうか。

さてもうひとつ、生乳の価格について理解しなければならないことがある。生乳は牛乳だけではなく、バターやチーズ、ヨーグルトなどさまざま商品になる。そして、そのそれぞれで価格が違う。飲用にする牛乳の価格をベースにバターやチーズを作ったら、庶民には手の届かない価格になってしまう。だから、生乳は一物多価といって、同じ生乳でも用途によって買い取り価格が変わる。飲用が最も高く、加工乳や加工製品用は低くなる。でも、原料としては同じなわけで、「あなたのは加工用にするから、低い価格で販売します」と言われて納得する酪農家はいないだろう。

そこで、生乳の支払いには国からの補給金とプール乳価制度というものが導入されている。補給金というのは、加工用を安くした分、飲用向けの生乳との価格差を埋めるため、国から補給されるものだ。これについては次回以降に詳述する。プール価格制度は、その地域の酪農家が出荷した生乳がどのような用途で販売されたとしても平等とし、生乳の販売代金と補給金をプールする。それを酪農家に対して、出荷量に一律の価格を掛け合わせて支払うという仕組みだ。

この仕組みは、加工乳になろうが飲用乳になろうが酪農家に不公平は発生しないという「痛みを分け合う」制度である。もしも指定団体がなくなって個々の酪農家と乳業メーカーが個別に交渉することになったら、メーカーから問答無用で「あんたは加工用ね」と一方的に決められてしまうかもしれない。それにあらがうことは、小さな酪農家の単位では事実上不可能だろう。

どうだろう、指定団体とはこんな役割を担う存在である。酪農家にとって商社機能と役場機能を足し合わせたような存在といってよいと思う。

ここで、冒頭の宮崎県の酪農家I氏のインタビューに戻ろう。

「僕ら、民間のメーカーを立ち上げて出荷したいなどという気持ちはありません。指定団体に手数料を取られるということに不満に思う人がいるかもしれないけど、それなら自分でプラントを持ってメーカーに独自に販売すればいいでしょう。でも生乳には設備も必要です。先日の熊本震災のとき、熊本の乳業メーカーである酪農マザーズの設備も被災してしまい、酪農家は出荷できなくなりました。そこで急きょ、熊本の生乳を九州各地の生乳加工施設に振り分けました。それが迅速にできたのは、九州の指定団体がひとつにまとまっていたからです。もし小さな民間団体がいくつもあった場合、取引先が限られていたり、代金決済が複雑になったりして、スムーズに進まなかったでしょう」

そう、熊本震災の際には生乳の受け入れ先である乳業メーカーも被災したことで、震災から2日間は酪農家が搾った生乳を廃棄することになってしまった。しかし一部を除いて3日後には出荷が再開され、県内外の業者が生乳を引き受け、被害が最小限になったのは、指定団体や乳業メーカーが協調して事に当たったからだとされる。

多方面からの議論を尽くすべきだ

このような指定団体を農協グループが独占しているのを廃止して、自由な主体が制度の中に入ることをよしとしようというのが今回の規制緩和の流れだが、それははたして酪農家にとって喜ばしいことなのだろうか。先に、指定団体は酪農家からすれば商社と役場を足したような存在だと書いた。今回の規制緩和で何が起こるかを同じようなたとえで言うならば、私たちが市町村の役場から受けている行政サービスを民間企業に任せてしまえばいいと言っているようなものではないだろうか。

私からすればそれはちょっと恐ろしいことで、簡単に賛成はできない。現に、民間企業であるカルチュア・コンビニエンス・クラブが佐賀県の武雄市の図書館運営を行うというだけで、あれほど議論が巻き起こったではないか。図書館サービスならともかく、指定団体が行うのはもっと重大な、営業行為や代金決済である。検討をするのであれば、少なくとも多方面からの議論を尽くすべきだ。しかし、驚くべきことに、規制改革推進会議のメンバーの中に、酪農のスペシャリストはほとんどいないのである。

こうした状況でこの規制改革がなされてしまうと、国民にも害をなす可能性がある。規制改革に期待される方向性とは逆に、重要な食品である牛乳・乳製品の生産と流通が混乱し、供給量が少なくなって価格が高くなってしまうかもしれない。今回は指定団体制度問題という、ちょっと一般にはわかりにくい話題について書いてきたが、次回の本連載では、バター不足問題そのものについて記していく。

山本 謙治 農畜産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト

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やまもと けんじ / Kenji Yamamoto

1971年、愛媛県生まれ埼玉県育ち。学生時代にキャンパス内に畑を開墾し野菜を生産。大学院修士課程卒業後、大手シンクタンクに就職し、畜産関連の調査・コンサルティングに従事。その後、花卉・青果物流通業を経て2004年に(株)グッドテーブルズ設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事する。その傍ら日本全国の佳い食を取材し、地域の郷土料理や特産物を一般に伝える活動をしている。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」のほか、『激安食品の落とし穴』(KADOKAWA)、『日本の「食」は安すぎる』(講談社プラスα新書)など著書多数

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