松下幸之助は「2つのものさし」を持っていた 経営の神様の「問わず語り」

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昔、わしも船場の自転車屋さんで商売の勉強をしたわけやけど、本などなかったな。仕事しながら、番頭さんや、先輩の人に、時として頭をこづかれ、しかられながらやってきた。特別に辛いという覚えはないけれど、その時はどういう気持ちであったのか、今では、自身でもわからんね。けど、そうしながら、商売というものが身についたんや。

あ、お薄、ありがとう。こういう景色を眺めながら、お薄を飲むのはぜいたくに尽きるな。

変えたらあかんところは、変えておらん

あの池は、最初、いまよりも、ひとまわり小さかったんやけど、少し大きくしたんや。このサツキの下を水が流れていて、芝生のところに、コケが植えてあって、ちょうど島のようになっておった。その流れを埋めてな、またコケを芝生に変えたんやけど、以前より、よくなっておると思うな。まあ、この庭を譲り受けてから、いろいろ、わしなりの考え方で新たに手を加えたけれど、しかし、この庭の持っておる本質的なところは、変えておらん。

明治時代に造られた京都の庭の特徴は、ひとつは借景(しゃっけい)ということらしいな。つまり、京都のまわりにある山を、じょうずに自分の庭の景色の背景に入れる。山の景色を借りるわけやな。2つ目は池の周りを回ることができる。池(ち)泉(せん)回遊式(かいゆうしき)というのか。それから3つ目は自然様式というか、ごく自然の風情で造りあげている。そういうことを誰かが言っておった。確かめておらんから、本当にそうかどうか、わしは知らんで。ハハハ。

けど、もしそうであるとすれば、そこをわしは、いじっておらんわけやな。変えたらあかんところは、変えておらん。本質はとどめてあるから、だから明治の文化財に指定されたんやな。変えたらあかんものは変えん。変えるべきものは変える。その見極めが、経営においても大切なことやな。その見極めが、経営者の英知というもんや。まあ、この庭は心が安らぐな。

ところで、きみ、人の話、特に部下の話に耳を傾けるということは大切やで。部下の話を聞くと、えらい得するよ。

わしはな、学校は小学校4年で中退や。3年半、しかし実際には2年のとき1年間、休んでおるから、2年半しか通(い)ってへんのや。学校へ通っておらんから、いろいろなことは、人に教えてもらわんといかんかった。それで自然に部下の話に耳を傾け、また進んで尋ね聞くようになったんやろうけど、話を聞くというのは、経営者として、こんな得な、ええやり方はないわな、早い話。

けど、一般的に経営者の人たちは、わかっておるのやろうけど、本当にやっている人は少ないね。経営者として偉く見えるようにしておかねばならんと。ハハハ。まあ、そういうことを考えておるわけでもないやろうけど、部下の人より賢いところを示さんといかんというような、そんな態度をとる人が、どちらかといえば多いな。けど、本当はそういう態度をとったら、損なんや。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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