豊洲問題の"紛糾"は「現代型組織」の必然だ 政治家に「公約以上」は期待されていない

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さて、結果はどうであったか? 西洋人たちは「なんと簡単な問題なのだ!」と叫んで、すぐにAとDを選んだ。その理由は、もし入れ墨をしたAに「パンをもらえたか?」と聞いたら「はい」と答え、もしパンをもらえなかったDに「入れ墨をしたか?」と聞いたら「いいえ」を答えたら、「入れ墨をしたらパンをもらえる」というルールは守られているわけで、この村は「よい村」であり、村長は「よい村長」であることが証明される。Bは入れ墨をしなかったのだから、パンをもらえないのは自業自得であり、Cはパンをもらえたのだから入れ墨をしたのは当然であって、聞く必要はない。

西洋人たちは自信に満ちた顔つきで、いくぶん村長に軽蔑的視線を注ぎながら、こう答えました。あなた方も、まさに明答と思うのではありませんか? しかし、そうではないのです。この答えを聴いた村長はカラカラと大声で笑って、こう言いました。

「あなた方、私をそんな悪い村長とお思いか? 私がルールを『守る』のは当たり前だ。私はルール(約束)以上のことをするのだ。私は、『入れ墨をすればパンを与える』というルールを作りながら、入れ墨をしなくてもパンを与えるほど『よい村長』なのだよ」

政治家に公約以上のことなど誰も期待していない

これには、西洋人学者たちも度肝を抜かれた……というお話です。わかりますか? 現代社会では、選挙の公約を守るのが「よい政治家」であり、守らないのが「悪い政治家」であって、公約以上のことをすることなど誰も期待していない。都知事が給与を半減するという公約をして、実際は無給にするとしたら、みんな驚くでしょう。

舛添前都知事が、誰からも追及されないのに、家族一同回転寿屋で飲み食いし、それを公費につけておいた(すべて単なる想像ですが)、とみずから告白して辞職したら、みんな唖然とするでしょう。しかし、これこそ正真正銘の「よいこと」ではないでしょうか? しかし、「ウェイソンテスト」が示そうとしていることは、(西洋型)近・現代人は、このことを自覚しなくなったということです。

たとえば、私は35年以上京王線沿線に住んでいるのですが、最寄りの芦花公園駅から新宿駅まで12駅もあるのに、運賃はたったの170円、記憶のある限り変わっていません。京王線は清潔で(うるさい車内放送と駅構内放送を除いて)快適で、乗務員の対応もよく、現代日本のほかの物価とくらべても格安だと思うのですが、たとえそこで私が新宿駅長室を訪れ「京王線は安すぎますから、これからはぜひ新宿まで200円払いたいのですが……」と訴えても、たぶん聞き入れられないでしょう。

私はあの「よい村長」と同じ思想のもとに「よいこと」をしようとしたのですが、どんなに説明しても駅長を納得させることはできないにちがいない。いや、まずくすると気味悪がられて、警察を呼ばれるかもしれない(から、私といえども実行はしないのです)。

というわけで、現代社会は、ルール以上の意味での「よいこと」をすることはまったく期待されないどころか、異常者として排斥されるほどである。とすると、豊洲の巨大な地下空洞を誰が指示したか、なかなかわからないのも、まあわかるというものです。

中島 義道 哲学者

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なかじま よしみち / Yoshimichi Nakajima

電気通信大学元教授・哲学塾カント主宰
1946年福岡県生まれ。77年東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。83年ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了、哲学博士。専門は時間論、自我論。2009年電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科教授を退官。現在は「哲学塾 カント」を主宰し、延べ650人が参加した。著書は『働くことがイヤな人のための本』『私の嫌いな10の人びと』『人生に生きる価値はない』(以上、新潮文庫)など約60冊を数える。

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