グローバルエリートからの講評
さて、この小生意気な亜美のコメントの数々に、気を害されたのは私だけではあるまい。しかし思えば亜美のような人生は多い。社会に決められた幸せの枠の中に自分を当てはめようとして競争する。そして社会の尺度で自分の人生を評価し、枠の中では幸せなはずなのに、自分の幸せの尺度と異なる人生を歩んでしまう。
彼女の場合は大学進学時に自分は周囲に比べて頭がよくない、と実感し、会社は世間からみればグローバルエリート企業のひとつだが、新卒就職活動の頂点のひとつとされる有力コンサルティングファームに入れず、自分の評価を貶める。そして20代前半で結婚して計画どおりに人生が進んだものの、心が望むものとのギャップがしだいに広がる。
自らを「人生の計画魔だった」と言う彼女は、ある時、昇給率が低かったので嫌になってやめてしまい(ちなみにその年の昇給は12%。彼女は30%の昇給を望んでいたという。これもまた読者の皆様からおしかりの声が聞こえてきそうである)、やがて長年連れ添った結婚相手とも離婚してしまう。いわゆる決められた路線とは公私双方において突然決別した亜美。
多くの人は決められた枠と自分の幸せの枠を合わせようとし、自分にウソをついて納得感を醸成するものだが、30代前半にして亜美は、今まで採ってきた決断の数々と決別することを選んだ。
歩かされてきた道との分岐点
ただこれを“勇気がある決断”として気軽に参考にしてはいけない。彼女は学歴も職歴もスキルもあり、年齢的にもいくらでも再出発できる人的資産を形成してきた。それがあるからこそ、見通しの立たない状況に自分を再度置くことができるのである。
参考にすべき教訓は「世間が決めた幸せの枠と自分が決める幸せの枠が違うから、枠をとっぱらって飛び出してしまえ!」ということではない。若者の大多数が先に悟るべきなのは「将来、歩かされてきた道と進みたい道の分岐点が必ず来る」ということだ。“将来、進んできた人生が違う”と思ったときに出直しできるよう、公私ともども人生のリストラに耐えうるような強固な人生バランスシートを築き上げることである。
長くなってきたので、今回はここいらでおいとまさせていただきたい。次回のコラムではその後、亜美がどのような人生をたどったのか、離婚の修羅場の実況中継も含めて皆様にお届けしたい(ただし本コラムの人気がなければ、次回に続く、という枠を取っ払って本コラムはサンクコストとして葬り去られるので、御了承願いたい)。
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