米当局が利上げにこだわる「重大な理由」 「イエレン講演」で見えた秋以降のシナリオ

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そこでFEDが用いたのが、IOERと呼ばれる銀行からのFEDの当座預金にFFレートよりも若干高い金利を付けることだ。これはQEとセットだったが、利上げの際は、ここに充当する金利をつけ、資金を留めることが必要となった。さらにON RRP(オーバーナイトリバースレポ)という市場を設立し、銀行以外の金融機関にも、FEDがQEで市場から吸収した債券を逆に貸し出し、市場から資金を吸収することで、利上げの状態を維持することを目論んだ。

ところが、昨年12月の利上げでこの3点セットを試したものの、ON RRPのボリュームは想定ほど増えなかった。よって、仮にもう一度利上げをする場合、その効果を維持する上で一番重要になるのはIOERだ。今回イエレンが殊更IOERの重要性を強調したのは、利上げへの地ならしと見るべきだ。

イエレンにとって都合がいいのは、IOERの金利は、FOMCのような連銀を含めたFED全体の決議を必要としないことだ。貸与する金利はFRBが勝手に決められる。そうなると、これまでアメリカの中央銀行はFRBと間違った報道をしてきた日本のメディアはテクニカルには正しくなる(実際はアメリカの中央銀行はFRBでなくFED)。

利上げはやはり12月が有力だ

もう一つ、今回ジャクソンホールでは歴史的出来事があった。「FED・UP」と呼ばれる組織と、FOMCに参加するFED関係者が面談を持ったのだ。

英語でFED・UPは、もう沢山、もうごめんだという意味。この組織の目的は、タカ派が、金融政策を正常に戻すという脅しを続けるのに対し、FEDに、緩和策の効果が社会の末端まで届くまで、緩和策を続けろというメッセージを届けること。彼らは二年前、ジャクソンホールに300人で乗り込んできた。

この時はFED関係者と面会はかなわず外で騒いだだけだった。しかし今回は、イベントを主催するカンザス連銀のジョージ総裁を筆頭に、FEDの重要メンバー12人が面談した(イエレン議長が参加したかは不明)。

現在FOMCのメンバーは白人だけでマイノリテイーは誰もいない。今回このような会談が持たれた背景には、FEDの人材をめぐる人種差別の問題も無視できない。

そんななか、イエレンは銀行を救済するかのような利上げを示唆する一方、必要な場合、次の利下げとQEまでのプロセスも詳細に語っている。そこでの最後のプロセスが財政との協調体制の確立。利上げによるコスト発生(FEDの利益が減り国庫への還元が減る)を考えれば、財政と金融の協調体制復活は必須となる(実際1951年までこの体勢だった)。

末端まで緩和策の恩恵を届けることを本気でやるなら最後はヘリコプター。だがもちろんまだそこまでは触れていない。しかしFED・UPに代表される米国社会の変動を、新たなグローバルドクトリンで達成するのが、ブルッキングスやCFR など、いわゆるリベラル系グローバリストの知性。彼らがヘリコプターを視野に入れているのは明らかである。

そしてイエレンを筆頭に、オバマ政権が送り込んだ現在のリベラルなFRB理事の面々はその価値観を共有している(フィッシャー副総裁はその限りにあらず)。だからこそ、その旗頭となるべき民主党のヒラリー政権を確実にするまでは、万全を期し市場への警戒も怠らない。それが、利上げは9月ではなく、選挙が終わった12月という個人的な根拠である。

いずれにしても、1999年のグリーンスパン、2010年のバーナンキの新フレームワークに匹敵するイエレンのメッセージを市場は徐々に受け止めるはずだ。ただし、ヒラリーが共和党のトランプに負ければ意味のないものになる。巷の報道とは裏腹に、その可能性がまだ十分あることは、次に機会があればここで紹介したい。(敬称略)
 

滝澤 伯文 CME・CBOTストラテジスト

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たきざわ おさふみ / Osahumi Takizawa

アメリカ・シカゴ在住。1988年日興證券入社後、1993年日興インターナショナルシカゴ、1997年日興インターナショナルNY本社勤務。その後、1999年米国CITIグループNY本社へ転籍。傘下のソロモンスミスバーニーシカゴに転勤。CBOTの会員に復帰。2002年CITI退社後、オコーナー社、FORTIS(現在のABNアムロ)、HFT最大手Knight証券を経て現在はWEDBUSH傘下で、米国の金融市場、ならびに米国の政治動向を日系大手金融機関と大手ヘッジファンドに提供。市場商品での専門は、米国債先物・オプション 米株先物 VIXなど、シカゴの先物市場商品全般。

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