香港が中国に返還された1997年以来、中国と香港との関係は基本的にうまくいっている、とのイメージが強かった。政治面では不満もあるものの、チャイナマネーの流入によって香港の土地も株も給料も上がり、観光業や小売業も潤い、香港人は中国の一部になったことの是非を問い直すことはなかった。
しかし、2010年を過ぎると状況が変わり始めた。象徴的だったのは「中国人ママ」の急増だ。中国人の香港訪問が自由化されたため、中国の富裕層の妊婦が香港で出産することが大流行した。香港は医療インフラが整っているし、衛生状態も中国より良好だ。何より香港で生まれると子どもは香港の永住権を得られる。
2011年だけで3万人もの子どもが香港で生まれたというから驚かされる。こうした子どもたちは「港生孩」(香港生まれの子どもたち)と呼ばれる。お陰で病院のベッドも足りなくなって香港人の間に中国人ママと「港生孩」に対する怨嗟の声が広がった。
「香港人であり、中国人ではない」
さらにこの3月1日から「香港を訪れた者は粉ミルクの缶を2つ以上持ち出してはならない」という奇妙な制度が施行されたことも、中港矛盾への危機感に拍車をかけた。この制度が導入されたのは、中国本土と香港を行き来する「運び屋」が、香港で粉ミルクをまとめ買いして中国に運ぶために品不足に陥ったからだ。この背景には、中国では違法物質の混入による「毒ミルク」事件が相次いで、消費者の間に中国産粉ミルクへの不信が蔓延したことがあった。
中国人も必死なのだろうが、香港の親たちにとっても子どもの食にかかわる一大事だけに敏感に反応した。反中感情に火がつく形となり、香港特別行政区政府が慌てて異例の持ち出し制限に乗り出したのだった。
数字のうえでも、香港人の心理的変化は表れている。昨年11月、香港中文大学が発表した世論調査が大きな話題を呼んだ。
香港人の自己アイデンティティについて質問したところ、自分を「中国人」と考える人は過去最低の12%となり、逆に「香港人であり、中国人ではない」という回答を選んだ人は過去最高の20%に達したというのである。
さらに中国の国旗や国歌に対して誇りを感じると答えた人は2010年の57%から大きく落ちて37%になった。1996年の香港返還の直前が30%で、以来、少しずつ中国国旗や国歌への愛着は上昇してきたのが、ここにきてもとに戻ってしまった格好だ。
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