広告ができるのは「たった2つのこと」だけだ 感情に訴える以外は効かない
──「目的」を確実に果たすために、クリエイティブを「手段」としてとらえる……そんなイメージでしょうか?
そうですね。ただ、その時に重要なのは「診断能力」です。
ほぼすべての企業やブランドは、病気といっていい。どこかに腫瘍ができていたり、老化が進んでいたり。そして多くの場合、企業はそれを自覚していません。
たいていの企業は自己診断して「ちょっと風邪だと思うんですけど」などと言ってくる(笑)。ところが、それは風邪どころではなく、もっと根本的な病であることが多いんです。ですから、そのことを率直に申し上げることが、たぶん一番大切なことになります。
僕には企業経営の経験があるんです。電通時代に「ドットコムバブル」が起きて、ついつい金に目がくらみ、ネットベンチャーに転職しました(笑)。そこで役員になり、IPOも実現させたんです。ですから、会社経営の仕組みやIR(投資家向け広報)の重要性などを社会人のアーリーステージで学べたんです。
クリエイティブ畑しか知らなければ、テレビCMをどう制作するかとか、ポスターのビジュアルをこう工夫しようなどということを追求するんでしょうけれど、僕はそういうバックグラウンドがあったので、最初から既存のクリエイティブの枠組みをそれほど意識しないでやってきました。
広告が万能だった時代は、とっくの昔に終わりました
──ここで言う「枠組み」は、全体を俯瞰で見ず、部分に特化した領域という意味でしょうか。
広告黄金時代にできた「分業」のシステム、というような意味でしょうか。
広告が万能だった時代は、とっくの昔に終わりました。杉山恒太郎さんや糸井重里さんが活躍されていた80年代頃までは、面白い広告を作ってテレビで流すと、翌日、日本人全員が知っている、店に人が押し寄せる、という現象が現実に存在していました。もはやそれは「伝説」の類の話ですが、そのころまでに企業活動全体の中から「広告」活動が分業的に切り出され、宣伝部が出来たり、それへの対応を専業とする企業(代理店)が生まれてきたのです。
また同時に広告代理店の中でも「営業」「メディア」「クリエイティブ」というような分業が生まれました。テレビという強力な武器があったので、人々は細かく「分業」していくことにより、それぞれの持ち場で、それぞれの精度を上げることに徹することができたのです。
そういう分業が成立する前提はもうとっくに無くなっているのですが、時代は変わっても一度できた社会や経済のシステムはすぐには更新されません。ですから、今日でも広告ビジネスには、かつての分業時代に生まれた「型」が残っているんです。
いま、ブランドは、その企業がもたらす革新や生み出す製品それ自体の魅力によって愛されるようになってきています。アップルやナイキが良い例です。ですから、企業の基盤となるそうした価値を高めることにこそ、力を注ぐべきなのです。
もちろん、広告が有効な領域は今もありますし、僕も専門ですから広告は作ります。でもこの10年間は、プロダクトを改良したりとか、お店のコンセプトやデザインを変えたりとか、広告以外のことを手がけることが増えてきました……だから僕のポートフォリオは領域的にはめちゃくちゃになってます(笑)。