欧米で生産される肉のほとんどが赤身中心の肉である。ならば日本の牛の基準を霜降り度合いを重視するものにしてしまおう。そうすれば、黒毛和牛に勝てる霜降りをもつ輸入肉などないのだから、多くの日本の肉牛農家を守ることができる。赤身中心の輸入牛肉と直接競合するのはホルスタインと交雑種だが、そこはなんとか生き延びてもらおう。
かくして、日本の牛肉の評価は、肉質(霜降り度合い)と歩留まり(1頭からどれだけの肉が取れるか)の2つに収斂していった。
牛肉の格付け、というより「A5の牛肉」と言ったほうがわかりやすいだろうか。A5というのは、歩留まりがAで、肉質が5という牛肉格付けを示している。この格付けは日本食肉格付協会が定めているもので、基本的に全国の牛肉市場がこの格付けを採用している。
歩留まりとは先に書いたように1頭の牛から骨と皮と内臓を取った後にどれだけの肉が残るかという割合だ。それをA・B・Cで表す。一般的に肉専用種はAになることが多く、乳用種はBからCとなる。乳用種は健康に育ってたくさんお乳を出してくれることが重要なので、骨が太く、肉はあまり多く取れないものなのだ。その点、黒毛和牛は骨が細めで、歩留まりがいい血統が多い。
肉質というのは、肉の総合的な質の判断で、1~5で表す。肉質の評価で最も重要視されるのが脂肪交雑(霜降り度合い)だ。日本食肉格付協会が定めている脂肪交雑の基準をB.M.S(Beef Marbling Standard)といい、No.1からNo.12までの12段階に評価される。これに加えて肉のキメがよいか、シマリがあるかといった部分や、肉や脂の色などを判断し、5段階評価をしたものが肉質等級である。
日本食肉格付協会が発表している「牛枝肉取引規格」を読むと、特にA5が最高においしい牛肉だということは書いていない。そこでは淡々と、牛を評価する基準を作り、記述しているだけだ。しかし実際には、食肉市場はこの格付け基準によって牛肉の価格を決めるようになった。この格付けが施行されたのは牛肉自由化の前夜である1988年のことだ。
日本の牛肉は格付けによって守られたが……
これによって、日本ではA5の肉が最上級であり、高価格という状況になった。輸入されるアメリカ産牛肉やオーストラリア産牛肉は、日本の基準からするとB2~B3あたりの格付けになるため、価格は高いものにはならない。そして黒毛和牛のように霜降り度合いが強く、肉の量も取れる牛は人気を呼び、高値になっていったのである。
逆に、歩留まりが悪く霜降り度合いの低い牛肉品種は、結果的に価格が下がることとなった。生産者としては、利益が十分にないと経営が成り立たない。もともと褐毛和種や短角和種を育ててきた農家が、黒毛和種に転換することが多くなった。
先に、昭和30年代は高知県の褐毛和種が高値だったということを書いたが、そんな状況が一変し、褐毛和種の価格がどんどん下がってしまった。それでも高知県には褐毛和種に愛着を持つ生産者が多く、筆者も現地で「このあかうし(褐毛和種のこと)をペンキで黒く塗ってやろうかと思った」と往事を嘆く農家さんから聞いたことがある。
短角和種も同様で、一時は2万頭以上の頭数になったのが、もう約8000頭にまで減っている。
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