黒毛和牛「A5」は、農家を守るための策だった 格付け上位の牛肉は「おいしい」のか?

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前回、肉用種の中では黒毛が97%ものシェアになっている状況を伝えたが、もともと黒毛のシェアは高かった。1960年の頭数割合(繁殖メス牛)を見てみると、黒毛が76%、褐毛22%、無角0.3%、短角0.9%(中央畜産会調べ)となっている。この頃は褐毛和種もそれなりに多かったのだ。ところがこれがだんだんと変わってくる。

農林水産省畜産局家畜生産課の資料によると、1985年には黒毛54.4%、褐毛4.7%、短角1.6%、無角0.1%、交雑種0.2%、ホルスタイン38%。2000年には黒毛が54.2%、褐毛1.8%、短角0.4%、無角0%、交雑種25.6%、ホルスタイン17.2%。2003年には黒毛が58.7%、褐毛1.6%、短角0.4%、無角0%、交雑種21.6%、ホルスタイン17.5%と、黒毛とホルスタイン、交雑種(F1)の3強に収斂(しゅうれん)されていく状況がわかるだろう。

ホルスタインと交雑種が多くなっている状況は簡単だ。明治以降、牛肉より先に牛乳の消費が伸びることとなったのだが、酪農ではオスが産まれても乳を出してくれない。だから、ホルスタインの子がオスだった場合、肉用に回される。ただし肉質の評価は高くない。そこでホルスタインに黒毛和種の精子を人工授精させると、肉質がやや黒毛寄りになる。これが交雑種だ。ホルスタインと交雑種はいわば、肉専用の品種ではないが、必ず肉にされるべく生まれてくる牛なのである。

黒毛和牛は実は国内でもっとも多く生産されている

では、もともと優れた肉を生みだしてくれるはずの和牛4種のうち、なぜ黒毛ばかりが生産されることになってしまったのだろうか。もちろん黒毛和牛の肉質がよかったこと、おいしさが評価されていたということもあるだろう。しかし、ほかの和牛品種も優れている面をそれぞれ持っている。

たとえば褐毛和種(高知系)は、昭和30年代に全国の子牛市場の中でもトップクラスの高値で取引されていたという。短角和種は、子牛の頃は山に放牧しておいても大きく育ってくれるという利点があり、農家にも好まれて頭数を増やした時期があった。牛肉に対する尺度が多様だった時代は、それぞれが棲み分けをしていたと考えられるのだ。

消費者も次第に霜降り肉を好むように

しかし昭和40年代以降、消費者レベルでも霜降り肉が好まれるようになったのだろう。牛肉の評価がだんだんと脂肪交雑(霜降りの度合いのこと)を重視するものに変化していく。実は黒毛和牛は和牛4品種の中で、最も霜降り度合いが高くなる特性をもっていた。

通常、脂肪は皮下、つまり肉の外側に付くものである。人間の場合も太ると皮下脂肪が厚くなるのは、体験的にご存じだろう。しかし、黒毛和牛はなぜか筋肉中に細かなサシが入る特徴があった。特別に霜降り度合いの高い牛の血統は人気が出て、日本中に広まっていった。

そして決定的な出来事が1990年代に起こる。GATTウルグアイ・ラウンドによる牛肉自由化である。それまで輸入に高い障壁を設けていた牛肉市場を、基本的に自由化することとなったのである。欧米の畜産国から見れば日本の畜産事情はまだまだ中小規模であり、価格面では太刀打ちできない。ヘタをすれば日本の肉牛産業は壊滅してしまいかねない。

そこで、日本の畜産を守ろうとする人たちはこう考えたのだろうと推察する。

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