月収16万円、「介護」へ転身した42歳の誤算 正社員だが残業代も休日手当もナシ

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本来、有料老人ホームは自治体への届け出が必要で、消防設備や職員配置における基準があるほか、介護中の事故や集団感染の報告が義務づけられているのに対し、無届け老人ホームにはこうした縛りがないため、サービスの質が低下するといった指摘がある。一方、利用料は一般的な有料老人ホームの半分から3分の1で、特別養護老人ホームの空き待ちをしたり、高額施設には入れなかったりする高齢者にとっては、なくてはならない受け皿でもあり、こうした無届け老人ホームは全国で急増している。

テツヤさんが働く施設はデイサービスを併設し、そこから得られる介護報酬でホームの運営費をねん出することにより入居料を安く抑えているが、有料老人ホームで提供するサービスを基準以下の人員と財源で賄うのだから、大規模な社会福祉法人や医療法人による施設と比べても職員たちの負担は重くなるし、適切とはいえない運営を余儀なくされることもある。

たとえば、このデイサービス施設では、運営母体である株式会社の社長は自らを「生活相談員」として登録しているが、勤務実態はない。人員不足を補うための、いわゆる名義貸しである。また、夜勤は複数人の非正規スタッフで回しているが、全員がダブルワークをしているという。このため、シフトはいつも直前まで調整がつかない綱渡り状態で、テツヤさんの悩みの種のひとつである。

また、くだんの社長は、いくら残業代を支払うよう促しても「もう少し稼働率が上がったら考える」「内部留保がたまったら払う」とかわすばかりだし、周囲のスタッフの話では、職員の賃金を上げるための「介護職員処遇改善加算」も、かつては別の用途に使ってしまったこともあるようだ。

グレーどころか、完全に違法な運用が横行しているわけだが、この施設や、社長が特別に悪質というわけではない。介護保険制度の開始により事実上、事業者に利益を上げることを許しながら、その後のチェック体制をおざなりにし、介護労働者の劣悪な待遇を放置し、揚げ句の果てに、行き場のない高齢者の受け入れをこうした小規模な無届けホームに頼っている、国側の政策のほうが問題なのだ。

20代で年収は550万円ほどあった

「介護の世界に理想を抱いて転職したわけではないという」と言う。

もともとは大型貨物船の船員だった。「エンジン場」といわれる発電機やボイラーを管理する部署の担当で、一度出港すると3カ月は乗船したまま。当時の年収は550万円ほどあった。20代後半になり、なんとなく「陸で働きたい」と思い立ち、名古屋に住まいを移し、鉄鋼業や福祉器具メーカーなど複数の仕事に就いた。社交的で、どんな仕事もある程度要領よくこなせるからなのか、どこで働いても待遇や人間関係は悪くなく、年収はおおむね450万~500万円をキープすることができた。結婚したのもこの頃である。

ただ、最後に勤めた会社だけが、仕事そのものはやりがいがあったのだが、長時間労働と残業代の未払いがひどかった。当時、なかなか子どもができなかったこともあり、夫婦で話し合った末、いったん会社勤めと子づくりのプレッシャーから解放されようと、テツヤさんの生まれ故郷の北海道内のある都市に戻り、「収入は減ってもいいから、2人でゆったり過ごす」ことを決めたという。

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