月収16万円、「介護」へ転身した42歳の誤算 正社員だが残業代も休日手当もナシ

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何を聞いても朗らかで、打てば響く受け答えだったテツヤさんが、ただ一度だけ、表情をこわばらせた瞬間がある。それは、話題が2人目の子どもに及んだときのことだ。

テツヤさんは、子どもは1人を育てるのが限界だと考えているのに対し、妻はもう1人、望んでいるという。互いに歩み寄って決めた落としどころは「出生前診断を受けて子どもに障害があるとわかった場合は中絶する」ということだった。

夫婦ともに40歳前後であることを考えると、2人目の子どもに障害がある可能性は、また決して低くはない。その場合、共働きは難しくなるだろう。恋愛時代も含めると長い付き合いになる妻が、障害を持った子どもも普通に産み育てたいと考えていることはわかっていた。そんな彼女に、障害があるとわかった時点での中絶を約束させることほど、酷なことはなかった。

「こんな話を妻と詰めたくはありませんでした。おカネがないばかりに、こんな我慢を強いられるとは思ってもみなかった」

テツヤさんにとっての誤算とは……

話を聞いたのは、テツヤさんの非番の日だったが、彼は私に失礼にならない程度に時間を気にしているように見えた。聞けば、この日は利用者が近くの公園に出掛けるレクリエーションの予定があり、それが滞りなく行われているかが気掛かりなのだという。

テツヤさんにとっての「うれしい誤算」は、子どもができたことと、もうひとつ、介護の仕事が思いのほかやりがいがあるとわかったことだ。

「僕らの計画や対応次第で、利用者さんのその後の人生の質が変わってくるんです」。彼らの人生の最終ステージを豊かにできるかどうかが、自分たちの頑張りにかかっている――。この3年間で、とびきり幸せな経験もしたし、忘れたくても忘れられない苦い経験もした。

取材を終えたテツヤさんはこれから施設に顔を出すという。どうしても、スタッフからレクリエーションの報告を受け、入居者の様子を直接確認したいというのだ。言うまでもなく、休日手当も残業代もつかない。

介護労働の劣悪ぶりが社会問題になって久しいが、事態が改善される気配はいまだにない。この先、テツヤさんが予定どおり資格を取ったとしても、期待どおりに給与がアップするとはかぎらない。それでも、彼はこう言うのだ。

「今は修行中だと思うことにしています。(妻と子どもには)もう少し待っていてほしい」

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

 

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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