最近は、尖閣列島を巡って中国との対立が激化したせいもあり、愛国心についての議論はなくなった。自虐史観論争も過去のものとなった。
しかし、ついこの前まで、日本人は世界でもまれな愛国心なき国民とされていた。それは、「世界価値観調査(2005)」という調査で、「もし戦争が起こったら、国のために戦うか」という設問に「はい」と答える日本人の割合がなんと15.1%と、調査対象国24カ国中最低だったことに表れている。
ちなみにスウェーデンは80.1%、中国は75.5%、アメリカは63.2%である。また、「あなたは○○人であることにどれくらい誇りを感じますか?」に「非常に感じる」「かなり感じる」と答えた人の数も、日本は断トツに低い57.4%で23番目である。
このデータは、古市憲寿氏の『絶望の国の幸福な若者たち』や橘玲氏の『(日本人)』にも紹介されていて、日本人の特殊性を示す指標となっている。
愛国心とは何か?には、正確な定義はないが、ここからわかるのは、日本人が日本人であることに対する愛着が薄く、さらに、国家に対して忠誠を誓うことが好きではないということだ。
中国人は愛国心が薄い
私は常々、愛国心には2種類あると思ってきた。健全な愛国心と不健全な愛国心だ。たとえば、国民を不幸に追いやる戦前の国体(国家体制)を愛せるだろうか? 郷土やそこに暮らす人々を愛する気持ちと、国家(政権、体制)そのものを愛する気持ちは切り離すべきだ。そうでないと、ナショナリズムに取りつかれ、ただ単に「大日本帝国万歳」という偏愛的な愛国心しか持てなくなる。
中国人ほど、愛国心が薄い国民はない。「愛国無罪」で反日行動をするのは、頭の程度が低いか、あるいは他の目的のカモフラージュである。一般中国人のほとんどは、北京政権を嫌っている。酒を飲んで本音を聞けば、政府、共産党の悪口ばかりである。
結局、いまは稼がせてくれるから愛国者のふりをしているだけだ。その証拠に、成功しておカネをつかむと、彼らはどんどん国を出て行く。ただ、郷土愛は私たち日本人より深いかもしれない。
ちょっと説明が難しいが、前記した「愛国心が薄い」日本人と、「中国、韓国、ふざけるな」と騒ぐネトウヨのような人間の心理的な根っこは同じである。それは、日本しか知らず、日本語しか話せないことの結果だからだ。前者は自己愛しかなく、後者も自己愛しかないが、その自己愛の基盤が日本人ということだけだからだ。
人は自分が何者か知るためには、必ず他者の視点がいる。それが、不健全な愛国者にはない。このような不健全な愛国主義は、自国中心主義、自民族中心主義としか言えない。
名作『ジャングル・ブック』で有名なイギリスの作家ラドヤード・キップリングは、「イングランドしか知らない人に、イングランドの何がわかるか」と言った。キップリングはインド生まれ。だからこそ、母国イギリスを理解したうえで心から愛したのである。
グローバル化でいくら国境がなくなろうと、人間は生まれ育った環境と社会に強い愛着を持つ。しかし、その愛着は外の世界を知って初めて強く意識され、その結果、健全な愛国心が育まれる。
つまり、ただ単に日本に生まれ、日本の学校に通い、日本で育っただけでは、日本人にはならないのだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら