トヨタがスポーツカーに注力する新たな事情 「86(ハチロク)」を改良、レースの経験を反映
2000年代、トヨタのグローバル生産・販売台数は急速に拡大した。業績も絶好調で、2001年度に1兆円を突破した営業利益は、それからわずか6年後には2兆円に届いた。
だが自動車好きからのトヨタの評判は決してかんばしくはなかった。「技術の日産、販売のトヨタ」と称されたように、トヨタの強さは車自体というよりも販売力にあると言われた。
売れる車を優先し、ワクワク感がなくなった
もちろん、壊れないという信頼性やコストパフォーマンスの評価は高い。だが、ワクワクドキドキするような車ではない。これは多くのトヨタ関係者も認めていることだ。
トヨタ車は、車に特別なこだわりを持たない多くのユーザーのニーズを十分に満たしていた。だからこそ世界最大の自動車メーカーにのしあがった。しかし、日本に限らず、先進国で進む若者の車離れに危機感を強めると同時に、自社の車づくりの姿勢がこの現象を助長していると反省するようになった。
「販売台数を維持するために、売れる車を優先してきた。そうすると、どうしてもスポーツカーが消えていく。その結果、若い人の車離れにつながったと反省している」と嵯峨宏英専務は率直に語る。
こうした反省から2007年、トヨタは再びスポーツカーの開発を決めた。だが、プロジェクトを任された多田CEは、当初どういうスタンスで臨むべきかわからなかったという。そこで、当時、マツダで「ロードスター」の開発責任者を務めていた貴島孝雄氏に教えを請うため広島を訪れた。
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